『妄虎千夜一夜物語』

 「妄想は忘れた頃にやってくる」
 「助っ人は忘れたほうが丁度いい」
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シーズンが開幕して、リアルなタイガースの前にしばし妄想は霞んでしまうようです。 でも、そんな時も“妄想菌”はしっかり養分を蓄えているのです。いずれ訪れるかもしれない湿りっぱなしの季節に備えて、じわりじわりと……。

〜妄虎千夜一夜委員会〜

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夢十夜 第十夜 〜アニキのいない甲子園〜
たとえていうなれば、連続イニング出場記録というのはゴールのないマラソンのようなもの。マイルストーン(道標石)は、もう遥か後ろに遠ざかっていった。もう眼前には目指すべき目標物は何もない。そこにあるのは、どこまでも果てしなく続く長い一本道だ。マラソンランナーにとって、1km頑張ったことのご褒美が1kmゴールに近づくことだとすれば、ゴールのないマラソンというのは走れど走れど1cmたりともゴールに近づきようのないもどかしさとの戦いなのかもしれない。これはキツイ。

たとえていうなれば、連続イニング出場記録というのは「永久(とわ)の一瞬」を積み重ねるようなもの。「一瞬」を何百、何千、何万と積み重ねても「すこし長い時間」であって「永久」たりえない。そこにあるのは、いつまでも絶え間なく続く「永久の一瞬」という幻想だ。アスリートにとって、1年頑張ったことの勲章が1歳年輪を身にまとうことだとすれば、「一瞬」を紡いでいくというのは若さとの等価交換を強いられる悲しさとの戦いなのかもしれない。これはツライ。

「永久の一瞬」を駆け抜けるアスリートは、いつしか「永久」と「一瞬」との隔たりが、ほんの皮膜ほどの距離でしかないことを思い知る。気宇壮大でいて微小繊細な皮膜。すぐにも破けてしまいそうな皮膜の間隙を一人で駆け抜けることの、なんと残酷なことよ。




梅雨もすっかり明けたこの日は、朝から快晴だった。夏休みを間近に控えた甲子園球場。しかも、伝統の阪神−巨人三連戦のこのカードは、どちらも一勝ずつで迎えた第三戦。双方ともに落とせない一戦だった。現在3ゲーム差とはいえ二位と三位の好調同士だけに、チケットは当日券も含めてすべてSOLD OUT。今朝、急遽、観戦を決めた私は、梅田のチケット屋を何軒かまわって、やっとのことでこのチケットを手に入れたのだった。
とても落ち着かない気分のまま、私が甲子園の三塁側オレンジシートに腰を下ろした時は、すでに試合開始30分前だった。
試合前は緊張感も手伝って、いつも落ち着かないものだ。しかし、今日のそれはいつもとは違っていた。試合の勝敗を案じてワクワク、ソワソワと落ち着かない、というのとは明らかに違うものだった。球場につめかけたタイガースファンの多くも皆、私と同じ思いを共有しているに違いなかった。
球場全体には、すでに異様な緊張感がみなぎっていた。そして、微妙な落ち着きのなさを持て余しながら、一塁ベンチに視線をやりつつ、スターティングメンバーの発表をいまや遅しと固唾を飲んで待ち構えていた。

その「落ち着かない」理由とやらを語るには、昨日の試合の劇的なクライマックス・シーンまでさかのぼらなければならなかった。下柳と上原の投げ合いとなったその試合は、1−1のまま延長戦までもつれこんだ。延長11回表のジャイアンツの攻撃、無死一二塁のピンチを0点で切り抜けたタイガースは、その裏、無死からアニキが四球で歩き、五番、六番が凡退後の二死からこの日七番に入った矢野の右中間を一閃する快打が飛び出して、一塁からアニキが長駆ホームインして劇的なサヨナラ勝ちを収めたのだ。

問題はこのとき起こった。際どいタイミングながらも間一髪でホームインが認められたのだが、大きな代償も負わされた。果敢にスライディングを見せたアニキの足と、ホームインさせじとブロックする阿部の足が、ホームベース上で複雑怪奇な交差をみせたのだ。そして、このときアニキの軸足である左脚の足首を痛めてしまったのだ。

「ケガと言わなければケガじゃない」と豪語する男だ。骨折すらも無かったことにできる男である。だが、今回ばかりは事情が違った。サヨナラのホームを踏んだアニキに、チームメイトの手荒い洗礼が待ち受けているはずだったのだが、尋常ならぬ表情で顔を歪めるアニキを見て、チームメイトは誰一人、近づくことすら出来なかった。アニキの足にただならぬ事態が起きていることは、火を見るよりも明らかだった。サヨナラ勝ちの歓声は、状況が明らかになるにつれて沈黙へと収斂していった。本当なら先発好投した下柳、サヨナラ打の矢野、そして先制打と決勝ホームを踏んだアニキの「39トリオ」で、今期初のお立ち台も期待できた幕切れだったのに。
うずくまったまま、しばらく起き上がれなかったアニキは、結局、秀太と中村豊に肩を抱えられてベンチ裏へと消えていったのだ。そのシーンは夜のニュースで繰り返し流された。

「連続フルイニング出場記録」の赤信号を予感させるに十分な映像だった。




今朝のワイドショーやスポーツ紙も慌しかった。報道によると、昨夜、病院で検査した結果、骨折だけは免れたという。しかし、それすら事実かどうか怪しいものだった。誰もこの報道を鵜呑みにしてなかった。そもそもレントゲンの結果など、この男にとってはどうでもよいことなのかもしれない。大事なことは、今日の試合、彼がグラウンドに立って、守って、走って、バットが振れるかどうかということだった。
さすがに鉄人といえども、今回ばかりは楽観を許さない状況に思えた。報道によれば足は二倍くらいに腫れ上がっているという。腫れが引かないことにはスパイクすら履けそうにない。過去に手を骨折した時は、グラウンドに立って、守って、走って、片手ながらもバットを振ることが出来たのだが、足ばかりはそうはいかない。両足揃ってスパイクを履かないことには、守って、走ることはおろか、グラウンドにさえ立つことができない。鉄人といえども、右足一本で試合に出ることは不可能だ。

アニキの連続イニング出場記録は、昨日で1,270試合を数えた。前人未踏の世界記録だから、誰もが記録の行く末を案じた。ワイドショーのみならず、ネットもこの話題で持ちきりだった。某巨大掲示板サイトでも「【野球】アニキのフルイニ記録を応援するスレ」なるものが立ち、活発に意見が飛び交っていた。記録ストップが懸念される状況について、丁々発止でやり取りが繰り返された。皆、口々に今日の試合の雨天中止を望むのだった。
しかし、見上げる空はピーカン晴れ。悲しいほどお天気だった。
今朝の天気予報でも全国的に快晴の一日。せいぜい雨が降ったとしても短時間の夕立くらいしか期待できないという。水はけの良い甲子園のこと。少々の夕立くらいじゃ、お湿りにしかならないだろう。
なかには運を天に任さず、直接、実力行使を訴える者も現れた。中世の黒魔術の書の教えで、雨虎(あめふらし)を黒焦げに焼いて、粉末にして振りまくと大雨を呼べるんだとか。すぐさま実行に移すことを呼びかけていた。但し、この雨虎は、地中海に生息する種類でないと効果が無いということであえなく自爆を遂げた。
濃霧、台風、竜巻、大地震・・・。黒魔術でも、こっくりさんでも何でも良いから天変地異を呼び起こせと、アナーキーでファナティックな盛り上がりも見せていた。そして、ついには甲子園球場に時限爆弾を仕掛けるデマを流そうという過激な発言までとびだして、ついにはこのスレは封鎖の憂き目を見ることになったのだ。




突然、球場全体がざわめきだした。
いよいよスターティングメンバーのアナウンスが始まった。先攻・ジャイアンツのメンバーが告げられたのに続いて、いよいよタイガースのメンバーが告げられはじめた。

「一番センター 赤星。背番号53」

「二番セカンド 関本。背番号3」

「三番ファースト シーツ。背番号4」

ここまでのアナウンスにも、いつもと違う重々しさが漂っていた。

そして、

「四番レフト・・・」

その瞬間、スタンド全体が凍り付いて、心肺が停止したかのような静寂に包まれた。






 「・・・リン。背番号31」

静寂を切り裂くように、溜息とも怒号とも喚声ともつかぬ声なき声、言葉なき言葉が球場を渦巻いた。
私の意識は茫洋たる夢空間をさまよって、それから何秒、何分、何十分経過したのかすら分からなくなっていた。


 「プレイボール!」


主審の甲高い声が球場全体に響き渡った。
ふと我に返った私は、何度もスコアボードを見やった。何度見ても、そこには「金本」という文字はなかった。甲子園球場、どこを探しまわっても「金本」を見つけられなかった。
2002年の暮れ、広島カープから阪神タイガースに移籍して、翌シーズンの開幕試合から数えて4年半、甲子園のスコアボードに「金本」の二文字が消えたことは一度も無かったというのに、今そのスコアボードには、その二文字が載らないまま、ついに試合は始まった。アニキがタイガースに移籍してから、実に通産654試合ぶりのことだった。

記録はいつか途切れるもの。ましてや連続記録というものは、途切れたとき初めてコミットされ刻印される性質のもの。記録が途切れた瞬間から、その数字が輝きはじめるものなのだ。ゆえに数字が途絶えることは悲しむに値しない。

ならば、悲しからずや?

否、それは夢想するだけで、見たくても見ることのできなかった戀焦がれた恋人(ゴール)が、忽然と眼前に姿を現した途端、瞬間冷凍の思い出にされてしまう悲しさなのだ。




私が観念の深淵から甲子園に引き戻されたときは、すでにイニングは4回を数え、4−0でタイガースがリードしているところだった。誰が得点に絡んだのかすら分からなかった。
そのときだった。それまで無風に近かったスタンドに、突然、浜風が吹きだしたかと思うと、砂埃の匂いとともに、ぽつりぽつりと雨粒が私の手足を刺激した。しばらくすると、霹靂とともに雨粒の数がみるみる増してきて、次第に球場全体を覆った。そして、一気にグラウンドは滝壺と化していったのだ。

「ゲリラ雷雨だ!」

試合は中断した。
突然の雨に人々は慌しく移動を始めた。私は雨が届かない場所に移動しながら、この予想外の雨を歓迎した。そう、今ならまだ試合は成立していない。このまま雨が降り続いて、雨天中止という事態に思いが及んだ。スタンドで右往左往する観客の脳裏にも同じ思いがかすめたのだろうか。いつもなら突然の雨に迷惑顔の人たちも、心なしか喜々としているように見えた。
よくよく考えてみれば不思議な光景だ。負けているほうのチームのファンが喜々とするならともかく、勝っているチームのファンまでもが喜々としてノーゲームになることを望んでいる光景を、私は過去に知らない。ジャイアンツファンと思いを一にして、この雨が降り止まぬことを願うのだった。

時計を見たら、中断してから10分経過していた。




しばらくの間は威勢よく、滝のように落ちてきた雨も、時間の経過とともに、みるみる勢いが衰えてきた。ファンの願いも空しかった。こちらの思いとは裏腹に、この雨が降り止むのは時間の問題に思えた。甲子園のグラウンドは、これくらいの雨じゃ何食わぬ顔で雨水を飲み込んでしまうことだろう。視界も徐々に開けてきたようだった。
やはり雨天中止は望むべくもなかったようだ。



と、その瞬間だった。

 バリバリバン、バッキーン!

雷光が幾重にも枝分かれして、漆黒の天空を切り裂いたかと思うと、間髪いれずにけたたましい轟音が球場に響き渡って銀傘に共鳴した。そして、ほぼ同時にポーンという音とともに、6基の照明灯が一瞬にして光を失った。球場全体が闇の中に投げ込まれたようだった。
それから、すぐに雨は降り止んだ。グラウンドは、すこし整備すれば、いつでも試合を再開できるようにみえた。しかし、6基の照明灯は相変わらず消えたままだった。自家発電なのだろうか。わずかばかりの照明灯だけが光を放っているだけだった。

場内アナウンスがながれた。

 『お客様にご案内申し上げます。ただいま、落雷による停電のため電力供給が停止しております。復旧するまで、今しばらくおまちくださいませ』

時計を見たら、中断してから20分経過していた。




アニキの身体をアニキ以上に知り尽くし、鉄人ボディを二人三脚で作り上げたトレーニングジム、「アスリート」の平岡洋二が、あるときこう言った。
『きちんと休養をとりながらプレーをした方が、選手寿命は延びるのではないか?』
その言葉にアニキは、こう返した。
『ファンのなかにはわしを見に来てくれる人もいる。球場に来てわしが出てなかったら、その人たちに申し訳ないじゃろう』
アニキを突き動かしている原動力の本性を見たようだった。
シンプルであるがゆえに、揺るがずたじろぐことのない信念。
あとは運を天に任すしかなかった。

サスペンデッドゲームというルールがある。照明設備のない球場で、日没して試合続行が不可能な場合など、サスペンデッドゲームが告げられて、後日、試合が再開される。それだと、このまま試合再開を免れても、アニキの連続記録はストップしてしまう。しかし、幸いなことにもパシフィックリーグと違い、セントラルリーグの規約ではサスペンデッドゲームの規定が見当たらないのだ。このまま照明の回復が遅れれば、サスペンデッドゲームではなく、ノーゲーム再試合になる公算が大なのだ。

いつしか雨は完全に降り止んだ。しかし、落雷による停電が試合再開を阻んでいた。雨天中止の望みがついえた今、このまま停電がずっと続いてくれても構わないと思った。この際、どんな天変地異でもよいから、とにかく試合がノーゲームになることだけを、私は願い続けていた。この試合さえノーゲームになれば、アニキの連続イニング出場記録も今宵で途切れることはない。
実は、今日の試合を終えれば、プロ野球はオールスター戦を控えて5日間の中休みに入る。すでに、アニキのオールスター出場は決まっているものの、あの怪我であれば辞退も認められるはずだろう。
5日間。そう、5日間もあればアニキが不死鳥のようによみがえることを、誰もが確信していた。きっと何食わぬ顔をして、レフトの定位置で構えているに違いないはずだ。だから、この試合だけは、どうしてもノーゲームになることを願わずにはいられなかった。

時計を見たら、中断してから30分経過していた。

今はただ、主審が無人のホームプレートの後ろまで歩み寄り、「ノーゲーム」と告げる瞬間を待つだけだった。このまま光を取り戻さずにいてくれることを、私は、ただただ念ずるだけだった。

すでにこのとき、試合が中断して、もう40分が経過しようとしていた。




『居酒屋でんまん』のカウンターでは、二人の男がビアジョッキを片手に、一日の労をねぎらう儀式が始まっていた。

「柴君、今日はご苦労様だったね」
「嶋田副長こそ、お疲れ様でした。でも、さすがに今日は疲れました」というと、若い方の男はぐぐっと一気にビールを流し込んだ。

「私もこの仕事は長いんだが、変電所に急な仕事が舞い込むのは、いつも青天の霹靂なんだよ」
「こんな間近で落雷に遭遇するのは初めてだったので、頭ん中が真っ白になりました。今、思い返したとき、マニュアルどおりの対応が出来たかどうか自信ありません」
「いやいや、君は良くやってくれたよ。天変地異だけは不可抗力だ。でも、あの状況下、1時間で復旧できたことは上出来だよ」
「副長に、そう言ってもらえてほっとしました。とにかく一刻も早く復旧しようと、もう、そればかりでしたから。ただ・・・」
「ただ、どうした?」
「いえ、すこし気になったことがありまして。確かに落雷により、送電系の安全装置が作動して自動的に送電にストップがかかったのは分かるんですが、後から確認してみたら、実は落雷地点って少し離れていたんですよ。なのに何故か、安全装置が過敏に作動したのが意外でした」
「ほう、そうなの。まあ、ここの設備全体、かなり老朽化しているから、想定外の反応をしたのかもしれんなあ」
「それはそれでいいんですが、その後で設備の保安点検を終えた後、手動で安全装置を解除しようとしたんですが、何故か、すぐに解除できなかったんですよ。何というんでしょう・・・、そう、誰かが手動解除をロックしているかのような・・・」
「ハハハ、まさかねえ。あの時、変電所内には私と君しかいなかったんだし」
「そうですよねえ。でも、何故かきっかり一時間後にホント、ウソみたいにあっさり解除できたんですけどね・・・」
「今度、設備の定期点検のとき、しっかり整備するように指示しておこう。ところで、柴君もだいぶと疲れているだろうから、何なら明日、休暇をとってもらって構わないから。うん、そうしなさい。今日の件の報告書は、明日、私が代わりにやっておくから・・・」
「そうですか。副長、ありがとうございます」

その時、店の片隅のテレビがニュースを告げていた。

 『今日の午後7時10分ごろ、甲子園球場付近の変電所に落雷があり、付近一帯で1時間にわたって停電がありました。そのため、本日の阪神−巨人戦は中止となりました。今日、予定していた試合は9月下旬に組み込まれることが球団から・・・』


「そうか、甲子園球場の試合は中止になったんですね。あ、そういえば嶋田副長、大の阪神ファンなんですって。なかでもメチャクチャ金本選手の大大大ファンなんだということ、女子社員イチ、トラキチの如月さんから聞きました」
「いや、まあねえ・・・。そうだ、今度一緒に甲子園でもどうだい?きっと、我等の金本選手の連続イニング出場記録、まだまだ更新を続けているはずだから・・・」

そういうと男は、顔なじみの店の主人にビールのおかわりを目配せしたのだった。


〜完〜



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