『妄虎千夜一夜物語』

 「妄想は忘れた頃にやってくる」
 「助っ人は忘れたほうが丁度いい」
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シーズンが開幕して、リアルなタイガースの前にしばし妄想は霞んでしまうようです。 でも、そんな時も“妄想菌”はしっかり養分を蓄えているのです。いずれ訪れるかもしれない湿りっぱなしの季節に備えて、じわりじわりと……。

〜妄虎千夜一夜委員会〜

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夢十夜 第十夜外伝 〜金本さんのいない甲子園〜
その日は夢を見るどころか、一睡もできなかった。

朝食は一口も喉を通らず、寝不足…というか、寝ていないひどい顔を
どうにかお化粧でごまかして、でも身支度だけはきちんと整えて家を出る。
いつものようにバスに乗り、電車に乗り、会社に着く。
途中、売店に並んでいるスポーツ新聞の見出しに何度も目がいき、その
たびに気分が悪くなった。
どのスポーツ紙も、昨日の試合結果と同等、またはそれ以上の大きさで、
金本さんの身に起こったアクシデントを一面に載せている。

伝統の阪神−巨人戦第2戦。共に首位ドラゴンズを追いかけるチームとして
絶対に負けられないゲーム。
下柳vs上原。二人の好投で1-1のまま突入した延長戦。
11回裏、矢野さんの長打で金本さんは一塁から一気に本塁を狙った。
懸命のバックホーム対金本さんの必死のスライディング。
派手にぶつかったクロスプレー。ややあってコールされる、セーフのジャッジ。
劇的なサヨナラ勝ち ─── しかし、キャッチャー阿部ともつれた金本さん
は、そこから立つことができなかった。

昨夜のニュースは、試合の結果より、苦痛に顔を歪ませた金本さんが豊さんと
秀太くんに肩を借りてベンチに帰るシーンばかりクローズアップされていた。

世界記録、ついに途絶えるか、とか。
鉄人最大のピンチ、とか。
アニキ、全てを賭けたホームイン、とか。

ここぞとばかりに美しく、格好よく、まるで悲劇のヒーローのように叫ぶ
報道に、私は正直、うんざりしている。
そうじゃない。昨日私たちが受け取らなきゃいけない一番大事なことは、
金本さんの怪我や、記録の危機じゃない。

タイガースが、とても大きな一勝をあげたことだ。
3位のジャイアンツを突き放し、首位のドラゴンズに2ゲーム差と迫った
ことなのだ。

だって、そのためなのだから。
ただそのために、勝つために、金本さんは走った。
それは何ら特別でもない、見慣れた、そしていつもの全力プレー。
特別なことじゃない。そしてだからこそ。

いつでも私は覚悟していたのだ。この記録が途絶える、瞬間を。


                     ◆


定時を過ぎても、仕事は終わらなかった。
どう考えても、試合開始には間に合わない。
今日のスタメン発表。果たして金本さんの名前は呼ばれるのだろうか。
その瞬間にとても立ち合いたい。けれど、仕事を放っていく訳にもいかない
のだ。
「如月さん、その仕事明日でいいから。今日はもう帰っていいよ」
同じタイガースファンの部長が言った。
珍しく優しい声色だ。気遣ってくれているのだろうか。
でも、私は首を横に振る。
「いいえ、もうちょっとやってからにします。それが私の仕事ですから」。

そう、これも何も特別じゃない。いつもの光景。
私は私の仕事をやって、きちんと終えて、それから甲子園に向かう。
いつもと同じ。
いつものように、急ぎ足で甲子園の階段を上がる。
どんなに遅くなっても、試合さえ続いていれば、見えたグランドのその
場所には、いつも ─── 。

突然、携帯が鳴った。
何度も、何度も、立て続けに。バッグの中で、ブルブルと震え続けている。
時計を見る。午後6時、ちょっと前。ちょうどスタメン発表の時間だ。
……まだ、仕事中だから。
何とか平常心を保ち、仕事に戻ろうとする。でもどうしても気になって、
これでは仕事にならない。
携帯を持って、お手洗いに向かった。
驚くぐらい入っている、着信とメール。深呼吸をして、届いたメールの
ひとつを開ける。

「大丈夫?」

友達からの、たったの三文字。
それが何を告げているかは、すぐにわかった。
呼吸が止まりそうになりながら、携帯のデイリーにアクセスする。
「今日のスタメン」の文字を選んで、実行。携帯の画面、いつもの場所に
その名前を探す。
けれど、そこに ─── 金本さんの、名前はなかった。

「4番 レフト 林」

ワタシハ、イツデモ、カクゴシテイタ。
その言葉が、砂のようにさらさらと、掌からこぼれ落ちていく感覚。

カクゴシテイタ。イツカコンナヒガクルト。
なのに、どうしてだろう? 凍りついてしまったように、体が動かない。

天井を、仰ぐ。
カクゴシテイタ、カクゴシテイタ、カクゴシテイタ。
呪文の様に呟いて、デスクに戻った。
それを待っていたかのように、その日最後の仕事の電話が鳴った。

                       ◆

ようやく仕事を片づけ、私は電車に乗り、甲子園駅で降りた。
チケットを切り、6番のユニを羽織って階段を上がる。
そして大きく深呼吸をして、最後の一段を登った。

途端、目の前に広がる見慣れた景色。
ライトに照らし出されたグランド、深い色の土、鮮やかな芝、それを囲む
スタンドと歓声。
そして、それら全てに包まれて、レフトに立つ ───
いつもとは、違う背中。

ワカッテイタハズ。カクゴシテイタハズ。
何度もそんな言葉が脳裏を巡り、それでもハンマーで頭を殴られたような
感覚が襲う。
頭がくらくらして、足下がふらついた。
しゃがみこんで、泣きたくなる衝動にかられる。そんな中、新しい29番が
投げた球に合わせ、打者がバットを振り抜く姿が目に映った。

抜けた。レフト前ヒット……。

そう思った瞬間だった。
ショートの鳥谷くんが地面を蹴り、信じられない速さでボールに飛びついた。
誰の目に見てもクリーンヒットだったその白球は、グラブにおさまり、
そして流れるようなダブルプレーへと形を変える。
チェンジとなり、走ってベンチへと戻る鳥谷くんの姿は、いつもより力が
こもっている様に見えた。

ふと我に返り、スコアボードを見上げる。
試合は4回表を終わったところ。4対0。  ─── 勝って、いる。
慌てて、携帯で他の試合をチェックする。首位ドラゴンズは、苦手なカープ戦。
大量のリードを奪われている。
ここでドラゴンズが負けてタイガースが勝てば、1ゲーム差。

不思議と、力がわいてきた。
勝っている。
このままいけば、昨日は本当に、大きな、大きな一勝となる。

4回裏、いつもは、最高潮まで盛り上がるはずの攻撃。
でもどこか、スタンドの空気も違う。
悲しみにくるまれたような、どこか悲壮な歓声。
金本さんの欠場があとを引いているのが、すぐにわかる。
でも。

私は、気合を入れて前を向く。
そして無理やり、笑ってみせた。

ここにいる人たちは皆、気づいているだろうか。
今、私たちが感じている大きな喪失感 ───
それと同じだけ、大きな幸せを、金本さんは毎日ずっとずっと、くれていたのだと
いうことに。

席に着くと、先に来ていた友達が複雑な顔を見せた。
「何暗い顔してるん! 勝ってるんでしょ!」
私は笑ったまま、友達の背中をばしん!と叩く。
本音を言うと、半分は空元気。でももう半分は、本当の元気だ。
「金本さんいなきゃ勝てません、なんて情けないチームじゃないっしょ、
うちは!!」
金本さんが毎日毎日、くれ続けた力。
たった一試合欠けたくらいで、もう駄目なんて、言えない、言いたくない。
言ってたまるか!

「絶対勝つよ! 次誰から? 林くん? 打たなかったらしばくー!」
こちらも半分本気でメガホンを振り上げた瞬間、冷たい滴がぽつりと髪に
落ちてきた。

そして数十分後 ─── なんと落雷で甲子園が停電するという前代未聞の
事態が発生し、試合はノーゲームとなったのだった。

                        ◆

それから一時間後。
やっと停電が復旧し、観客の退場が始まった。
勝っていた試合だ。ノーゲーム、しかも停電なんていう災難に見舞われたと
いうのに、観客の表情は、疲れていながらも安堵に満ちていた。
「びっくりしたなぁ」「勝ってたのになぁ」「まさかこんなことなるなんてなぁ」
「でもよかった、これで金本の記録も途切れへん」 ─── 。

「……勝ってたのに、なんで皆嬉しそうなん? こんなん、かねもっさんに
怒られるよ!」
「そういうあんたも、顔が笑ってるけど?」
友達が、私をからかう。
そう、私はホッとしていた。私だけじゃない。友達も、そして周りにいる
大勢の観客も。

金本さんは怒るだろうか。それとも、呆れるだろうか。
今日の4点。それは、昨日の試合から繋がっている。
金本さんの、あのプレーが繋げた得点、導いた展開。それが、野球の真髄。
わかっている。わかっているのだ。でも。

でも、それでも私たちは、あなたに、いてほしいのだ。
レフトに。ベンチに。ネクストに。そして、バッターボックスに。

「……5日後、治ってないけど試合に出てる、に山田錦いっぽん」
なんでか怒ったような口調になった私に、友達が笑って「あー、じゃあ、賭けにならないなぁ」と言った。

                      ◆


連続イニング出場記録は、ゴールのないマラソンのようなものだ。
そして、その沿道では、果てしなく続くギャラリーが旗を振って「ガンバレ」と声援を送っている。走っても、走っても、その道も声援も終わることがない。
つらいんだと、思う。でもきっと、これからも金本さんは走り続けるのだろう。

「如月さん、報告書出来たから、よろしくお願いします」
「あれ、嶋田副長。柴さんは?」
「柴くんには、特別休暇を取ってもらったよ。何せ、昨日の復旧作業はきつかったからね」
「ああ、大変だったらしいですね。……現地にいた私も、結構大変でしたけど」
私がいつものように、こうして働き続けるように。
私より何十倍も重いものを背負って、何百倍もの痛みに耐えて。
何千倍もの声援を受けて、何万倍もの力を人々に与えて、金本さんは
走り続けていくのだろう。

「ああ、甲子園に行ってたのか。大変だったなぁ、ファンも、金本も。
……全く、連続イニング出場記録は、ゴールのないマラソンのようなものだ」
嶋田副長が、言った。
私は、ちょっと驚く。金本ファンの思考は、同じということか。

「……ちょっとは、マシにならないでしょうか」
小さく、呟いてみた。
ん?と嶋田副長が聞き返す。気障すぎて恥ずかしかったけれど、言葉にすれば本当になる気がして、私はもう一度、呟いた。
「その沿道を、一緒に、走りながらずっと応援し続ける人がいたら。
……ちょっとは、そのつらさもマシにならないでしょうか」
嶋田副長は、「如月さんは金本のことになると面白いなぁ」と言って、笑った。
                         
フルイニングが、ゴールのないマラソンだとしたら。
その一歩一歩に、声援を贈ろう。
その一歩がもらたすものを、ずっと語り続けよう。
そんな思いを込めて、私は今年も ─── 甲子園の階段を登る。

だから、まだまだ ─── 「あなたのいない甲子園」が、遙か遠い未来の
話でありますように。
せいいっぱいの、祈りを込めて。

                             〜 完 〜
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