『妄虎千夜一夜物語』

 「妄想は忘れた頃にやってくる」
 「助っ人は忘れたほうが丁度いい」
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シーズンが開幕して、リアルなタイガースの前にしばし妄想は霞んでしまうようです。 でも、そんな時も“妄想菌”はしっかり養分を蓄えているのです。いずれ訪れるかもしれない湿りっぱなしの季節に備えて、じわりじわりと……。

〜妄虎千夜一夜委員会〜

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多恵
多恵は途方にくれていた

町工場が立ち並ぶ東大阪
軽自動車がやっと通れる路地裏に
多恵の店「奥山商店」はあった

奥山商店は二つの顔を持っていた
ひとつは石炭粉を製造する町工場の顔
そしてもうひとつは駄菓子屋兼お好み焼き屋の顔である

工場は夫が結婚から3年目の春に開業した
鋳物を作る時の剥離材として使われる石炭粉は
町工場の隆盛と共に大いに売れた

しかし現在では安価な中国製に押され工場は左前である
夫亡き後、一人息子の大輔が毎日作業服を真っ黒にしながら
なんとか営業を続けているが
ここ7年間黒字になったことはない

多恵は駄菓子屋とお好み焼き屋に生きがいを感じていた
多恵の店から歩いて2分のところには山崎中学校がある
かつては毎日、生徒達が店にあふれていた
多恵も子供達の喜ぶ顔が見たくて
お好み焼きを焼き続けてきた

キャベツとコンニャクだけのお好み焼きが60円
そば入りのモダン焼きでも110円

そばが大盛りのモダン焼きはマンモス焼き
目玉焼きに豚やすじ肉をのせた物はハッスル焼き

子供達が自分のお小遣いで食べられるように
少しでも楽しい思いで注文できるように

店には多恵の子供達に対する愛情があふれていた

店で子供達が喧嘩をした時も
駄菓子屋のお菓子を万引きした時も

多恵は常に暖かい笑顔で子供達を見つめてきた


一ヶ月ほど前のことである


山崎中学校の生徒指導担当と名乗る教諭が多恵の店にやってきた
「学校帰りの子供がお好み焼き屋に寄ったりするのは
教育上好ましくない」と言われた

「ついては学校からもこの店に寄らないように指導するが
店の方でも生徒に食事を出さないようにしてくれ」とのことであった

その日以来、奥山商店から子供達の笑い声が消えた



多恵は途方にくれていた


梅雨の訪れも間近な日曜日の昼下がり
誰も座らない鉄板の前にポツンと座り
多恵は壁のポスターを見上げていた

お好み焼きの油で汚れないようにビニールで覆われたポスターは2枚

1枚は真弓明信

阪神ファンであった亡き夫の影響で
多恵も阪神ファンである
中でも笑顔が素敵だった真弓の大ファンであった

そして真弓が阪神を去って2年後
真弓の7番を初々しい笑顔の若者が引き継いだ

そう もう1枚のポスターは今岡誠である

多恵はこの若者に夢中になった
初めて本人に会った時は50を越えた夫が嫉妬するぐらい興奮した

店の壁には2枚のポスターの他にも
今岡と一緒に撮った写真、サイン色紙、千社札など
今岡誠で埋め尽くされている

4年前夫が癌で死んだ時
工場を閉めるかどうかで悩んでいた時期があった
親類達は皆、工場を売って違う商売をするべきだと言っていたが
多恵は迷っていた

そんな時、野村監督に干されていた今岡が
新しくやってきた星野監督のもと
はつらつとしてダイヤモンドを駆け巡っていた

その姿を見て
苦しくても頑張ろう
あきらめず頑張っていれば
必ず良いことがあると信じることが出来た

そんな思いまでして続けた工場であったが
昨夜の夕飯時
いつものように「早くお嫁さんもらわな」とこぼした多恵の言葉に
おとなしい大輔が怒って言い返してきた
「こんな真っ黒の仕事してる男のところに誰が嫁に来てくれるんや!!」

守るべき物だと信じた工場は
愛する息子から人並みの幸せすら奪い
深い傷を与えていた

正しいことだと信じたお好み焼き屋は
生徒の教育に良くないと言われた

自分が正しいと信じ、守ってきた物は
愛して来たものは何だったのだろう
自分の人生に何の意味があったのだろう

今シーズン不調の極みにいた今岡は
今日もスタメンを外されていた


梅雨の訪れも間近な日曜日の昼下がり
今岡のいない野球中継を見ながら


多恵は途方にくれていた










「おばちゃーん!!」


声に振り返ると
見覚えある顔の大人が3人
店の入り口から顔をのぞかせている

昔、この店に通っていた子供達だった

3人だけではない
後から後からどやどやと店に入り込んで来て
またたく間に店の中は10人ぐらいの大人達で一杯になった
店の外にもわいわい騒ぐ声が聞こえてくる

「こいつの息子が山中の2年生でなあ」
「奥山でお好み食うの禁止になったってインターネットに書いたんよ」
「山中卒業生の掲示板ってのがあってな、そこでもう大騒ぎやで」
「おばちゃん、インターネットって知っとるかあ」
「ほんでおばちゃん落ち込んでるやろから、いっちょ励ましに行こかって」
「そしたらこんだけ集まってしもてん」
「みなで学校に署名持って行こかって言うてんねんで」
「久しぶりにお好み食わしてえや」
「キャベツ足りるんかいな、切るん手伝うたろか」
「なんやおばちゃん泣くなやぁ」
「おおげさやなぁ」
「早よお好み焼いてえやぁ」


間違っていなかった
自分の信じたことは間違っていなかった
どの顔も覚えている
どの顔も覚えてくれている

「けんちゃんはスジのハッスル」
「あきひろはイカ天のお好み紅しょうが抜き」
「たっくんは豚のマンモスやろ」
「中村くん、そばめし作るんやったら早よお弁当のご飯出しや」
「イチケンはチロルチョコ万引きしたらアカンよ!」





「すげー!!!!」





店の中が歓声で湧き上がった

「こんな小さい店に、アホみたいによーけで押し掛けて迷惑やわ」

多恵の涙声にみんなが笑った

何物にも変えがたい温かい空気が店中を包み込んだ時
誰かの声が叫んだ

「おばちゃん、今岡やで!今岡代打やで!!」

町工場が立ち並ぶ東大阪
軽自動車がやっと通れる路地裏にある
お好み焼き屋の小さなブラウン管テレビ

たくさんの暖かい瞳が見つめるその中を
今岡の打球が右翼線を切り裂いた





「すげー!!!!」
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