『妄虎千夜一夜物語』

 「妄想は忘れた頃にやってくる」
 「助っ人は忘れたほうが丁度いい」
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シーズンが開幕して、リアルなタイガースの前にしばし妄想は霞んでしまうようです。 でも、そんな時も“妄想菌”はしっかり養分を蓄えているのです。いずれ訪れるかもしれない湿りっぱなしの季節に備えて、じわりじわりと……。

〜妄虎千夜一夜委員会〜

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悪夢
平日の朝。
ラッシュアワーのプラットホーム。

駆け込み乗車を避けて一本あとの電車にしようかと一瞬迷ったのだが、朝から大事な会議が控えていることもあって、無理して私は先頭車両に滑り込んだ。いや、滑り込むというより、ラクビーの肉弾戦に近かった。いうなれば相手陣営にスクラムトライするような感じだった。我ながら、すこし強引過ぎたと乗り込んでからすこし反省した。

ようやく乗り込んだ車内は、向きを変えることもままならないくらいギューギュー詰めの状態だった。冷房車とはいえ、梅雨時でもあり、この人数の人いきれを鎮めるには力不足だった。
車内の不快指数は相当なものだろうが、誰もが十数分の辛抱だからと言い聞かせているに違いなかった。

いつもの私はショルダー付きの比較的薄いカバンを使うのだが、その日は書類を多く抱えていたため、マチの深い幅広のカバンで乗り込んだ。そのため、肩にかけることもできず、右手に提げるとかさばるので立ち位置が決まるなりすぐに足元に置いた。
それから、おもむろに駅のキオスクで買ったスポーツ紙を丁寧に縦長に折り返して、左手に持ち替えてお目当ての記事から読み始めた。

今現在、タイガースのチーム状態は最悪だった。いや、壊滅的といってもよかった。先発投手に故障者が続出して頭数が揃わない上、打線の調子が一向に上向きにならない。打っては2点打線、投げては5点台の防御率では、いかんともしがたかった。JFK自体の調子は悪くないのだが、そもそもそこまでリードを維持したままバトンを渡すことがままならなかった。4・5回で試合が破綻する状態がここ何試合も続いていた。
そして、昨日はついに二度目の10連敗を喫してしまった。
ぶっちぎりの最下位である。

「岡田監督休養か?」

いよいよ出るべくして出た新聞の見出しだった。
その見出しにつられて、このところ買い控えていたスポ紙を久しぶりに手にしたのだった。
岡田監督と新聞記者との間には、日増しに険悪な緊張感が高まっていった。
その、監督と記者の丁々発止のやりとりを記した記事をむさぼる様に読み耽っていた。

そのときである。

「キャー、この人痴漢です!」

私のすぐ右前に佇む二十歳そこそこであろうか。その女性が突然、金切り声をあげたのだった。
私が乗り込んだその電車は、通称「痴漢電車」として、マスコミに多く取り上げられることで有名だった。なかでも、この日私が乗り込んだ先頭車両は、特に痴漢集団が乗り合わせることでも知られていた。
だから、いつもはこの車両を避けて、真ん中あたりの車両を選んで乗るようにしていたのだが、あいにくこの日は急いでいたことも手伝って、やむなくその車両に乗り込んでしまったのだった。

私は左手に掲げていた新聞をおろして、金切り声をあげたその女性のほうに視線を向けた。
小柄でやや細身なその女性は、くっきりとした目元に、意志の強さがしっかり現れているように見て取れた。
そして、しっかり見据えたその視線は明らかに私に向かっていた。

「この人、痴漢です!」

今度は前ほどの金切り声ではなかったが、しっかりとした滑舌でそう繰り返した。
間違いなく私を凝視しているようだった。そのことに戸惑った私は、その視線の延長線上になにかあるのではないかと、私の後ろを二、三度振り返ってみたのだが、振り返った先で目にする顔という顔の視線と、ことごとくぶつかるのだった。

(なんで皆、私を見やるんだ?え?もしや私が痴漢だと思われている?)

やっと自分の置かれている状況が飲み込めた。
とっさに私は自分の両手の所在を確認した。
左手はずっとスポーツ紙を握っていた。そして、右手は……。いつもなら吊革をしっかり握っているはずだった。日ごろからそうすることで、やましい疑いがかからぬための意思表明しているつもりだった。しかし、その日に限りは適当な吊革が空いていなかったこともあって、カバンを持つでもなく手持ち無沙汰な状態で放置していたのは事実だった。

まさか、その右手が私の意志とは関係なしに、ご主人様の知らない間に痴漢行為を働いたとでも言うのだろうか?
そんなはずはあるまい。第一、右前方に女性が立っていたことすら気が付かないくらい、スポーツ紙の件の記事に没頭していたのだから。

でも、その女性の視線は揺ぎなかった。
その確信に満ちた視線を受けて、濡れ衣であるにもかかわらず、次第に私の視線が泳ぎだした。
その変化を見逃さなかったのか、その女性は自分の判断に間違いないと自信を深めたかのように、もう一度、大きな声でこういった。

「この人、痴漢です。警察に突き出してください!」

この時点で、やっと私は二つのことを自覚した。
ひとつ。この女性は私が痴漢行為を働いたことを、周りの同乗者たちに訴えている。
ふたつ。そして私はかなり不利な状況にたたされている。

うら若き女性の勇気を振り絞った訴えと、一方では、しどろもどろの中年のオッサン。
どう考えても、女性に分があることは自明であった。

もちろん、私に身に覚えはない。100パーセント無実だ。
しかし、この状況下で私はいかにして無実を証明できるんだ?
1にアリバイ、2に物理的に犯行を行うことが不可能な理由、3に目撃証言を得ること、4に動機の欠如を知らしめること。

先ずはアリバイだ。その日、その時間、犯行を行うことが不可能な場所にいた事を証明できれば良いというのだが、これはどう考えても証明不可能だ。目の前の犯行現場に立ち会ってしまっているのだから。しかも、手を伸ばせば届く位置に。

2番目の犯行を行うことが物理的に不可能な理由を証明できれば良いのだが、例えば両手とも頭上に掲げていることを誰かに目撃されていれば十分な理由になりえたし、あるいは両手とも何か持っていれば証明になりえるだろうけれど、左手はともかく、この日この時、あきらかに右手はフリーな状態だった。

3番目の目撃証言を得ることも難題だ。何故なら痴漢行為そのものが目撃されにくい位置での行為であり、だれかが触ったということすら人目につかない。ましてや触っていないという目撃証言を、誰がどう証言してくれるというのか。

最後の動機の欠如については、私が男性である以上、如何ともしがたい。相手は若い女性だ。誰だって動機は十分にありとみなされるだろう。

考えれば考えるほど痴漢の冤罪は晴らすことが難しいことを知る。
私はすこしずつ追い詰められていく心境だった。
いずれにしろ、この状況下で黙ってこの女性の発言を否定も肯定もせずに遣り過ごすことは、不利な状況をより悪化させるだけだった。
今、私が出来ることはとにかく無実を表明することだけだった。

「私があなたに痴漢したと言うんですか?」やや緊張気味に言った。

「ええ。あなたのその右手が、私のスカートをまさぐったじゃありませんか」やや語気を強めて女性はそう答えた。

残念ながら、私には右手のアリバイが証明できない。
いつものように吊革を握っておくべきだった。

「そ、そんな……。私が痴漢を働いたという証拠はあるんですか?」それしか言いようがなかった。

「なら、あなたが痴漢を働かなかったという証拠を見せてください」それが出来れば苦労はないんだ。

その時、後ろのほうから若い男性が言い放った。

「オッサン、いい加減に認めろよ!」

まさに、周りの同乗者の気持ちを代弁したような一言なんだろう。同調するような反応が続いた。もし、私が同じ立場の傍観者であるのなら、同じ感情を抱いていたかもしれない。
それが分かるだけに辛いところだ。

「駅に着いたら警察につまみ出せ!」別の男性が言った。

この空間に、私対女性及び同乗者全員の構図が出来上がってしまったようだった。
私の額から、とめどなく汗が噴出してくるのを感じた。

あと5分もしないうちに終着駅に到着するだろう。時間は刻々と迫っている。それまでにこちらの出方を決定しなくてはいけない。
私はやっていないんだと強行に主張し続けるのか、これ以上は争わずに素直に謝ってやってもいない行為を受け入れるのか。

勿論、やってもいない痴漢行為を受け入れることは耐え難い。私には家族もいれば、会社の地位も持ち合わせている。そう易々と冤罪を受け入れられるもんじゃない。
が、しかし、その主張を貫き通すためには、多大な時間と労力が必要になってきそうな予感はある。以前、テレビで、やはり痴漢の冤罪と戦った会社員の話を取り上げていた。30日に及ぶ拘留と2年越しの裁判を経て、冤罪であることを勝ち取った話だった。結局、その人は会社も辞めて、全てを投げうった犠牲の上で勝ち得た無罪だった。

そこまでして私に戦えというのか?
目先の話にしか気が及ばないが、そうなると、少なくとも今日の会議への出席はかなわないだろう。その会議に私が外れることは許されないはずなのに。きっと、このプロジェクトから外されかねないだろう。私にとって、それも死活問題だ。

ならば、無実であるにもかかわらず、それを承知で罪をかぶって遣り過ごすのか。そうすれば駅に着くなり、駅員もしくは警察に連行されるであろうが、初犯でもあり軽微な犯罪として、小一時間もあれば放免を許されるであろう。女性に謝罪して刑事告訴を取り下げてもらえれば、会社に知れることもあるまい。ただし、前科の烙印を押されてしまうことに違いないのだが。

そんな葛藤が、わずかの時間の中で脳裏を錯綜し続けていた。
いずれの態度で臨むのか。あと数分の内に判断しなければいけないのだ。
心臓の鼓動は高まって、噴出す脂汗は額にとどまらず、手のひらや脇下までも沁みだしてきた。
……少しずつ真綿で首を締め付けられるような息苦しさに襲われ始めた。

…………。

                    ◇

おもむろに私は布団から飛び起きた。
夢。それは、なんとも後味も悪い悪夢だった。
後味だけでなく、体力をも消耗させる悪夢だった。
覚醒してからも、しばらくぐったりしてしまうくらいの。
見ると私の布団は寝汗でびっしょりと湿っていた。
もう、こんな悪夢が夜毎、何週間も続いている。
ただ、その理由は分かっている。

朝食のコーヒーをすすりながら、朝刊のスポーツ欄を開いた。
「タイガース10連勝」の文字が躍っている。
4月は勝ったり負けたりだった。ところが5月に入り、福原、安藤が完全復帰を果たしてからというもの、投打がしっかり噛みあいだした。それからタイガースの快進撃が始まって、昨日はついに今シーズン二度目の10連勝を飾って、ドラゴンズに8ゲームの差をつけて単独首位をひた走っているのだ。
そして、そのことが悪夢の原因でもあるのだ……。

                    ◇

そのことに気付いたのは2003年だった。
過去、十年以上にわたった不遇のタイガース暗黒時代からの脱却を遂げた年である。
その年、星野タイガースは4月から面白いように勝ちまくった。
すこしは負けてもいいんじゃないかと思えるくらい勝ちまくった。

そして、その頃から悪夢が私を襲うようになった。タイガースが快進撃すればするほど、夜、悪夢にうなされる日々が続いたのだ。まるで喜怒哀楽の帳尻を合わすかのように。でも、まだその時点ではタイガース快進撃と悪夢の因果関係には気付いていなかった。
はっきりとそれを自覚したのは、「死のロード」が始まった頃からだった。
高校野球に甲子園を明け渡して「死のロード」に旅立った頃から、それまで快進撃を続けてきたタイガースに翳りが見えはじめた。それに呼応するかのように、4月から連夜続いた悪夢が立ち消える夜が時々訪れるようになったのだ。

決定的だったのが9月。マジックを5に減らして神宮、ナゴヤに遠征に出たときである。優勝を目前にしたプレッシャーからか、神宮、ナゴヤの6連戦、タイガースは1勝も出来なかった。そして、その6連戦の間、嘘のようにピタッと悪夢が鳴りを潜める経験をしたとき、タイガースと悪夢の因果関係を確信したのだった。推理小説の謎解きの瞬間のように、過去の経験が符合することを知ったのだ。

1985年。21年ぶりにタイガースが優勝した年。思い起こせば、この年も悪夢に襲われていた。しかし、その年は会社に就職して間もない頃でもあったため、日々仕事に慣れることでいっぱいいっぱいの毎日だった。悪夢が続いたことも自然と仕事に関連付けていたのだった。

それ以降、タイガースの長い低迷が続いたこともあって、私の悪夢は次第にかすんでいった。
特に95年以降は最下位続きの歴史に残る「暗黒時代」。思えば、この時期がもっとも安眠を享受できた、ある意味、幸福な時代だったといえるのだった。

2006年のいわゆる「球児の涙」以降のタイガースにも悩まされた。落合監督をして「球史に残る」と言わしめた快進撃は、私の喜びでもあり苦しみでもあったのだ。快進撃が続く1ヶ月ちょっとの間、私は毎晩、夢の中で「不幸の見本市」を開催している気分だった。家は何度も火事にあい、強盗に入られたことは二度三度、会社も倒産し、一家が路頭に迷うことを何度経験したことだろう。考えうるありとあらゆる不幸が、毎晩これでもかと押し寄せる毎日だった。

                    ◇

私はこの頃、こう思うようにしている。
悪夢は朝の訪れと共にリセットされる。
それに引き換えタイガースの成績は、一年たたないとリセットされない。
ならば、タイガース快進撃に伴う悪夢という名の「負のシナジー」を、私一人が引き受けようではないか。
それですべてが収まるのなら。
愛するタイガースのために。

ただ、あなたに一つだけお願いがあります。
今日も今日とてタイガースが快進撃を続けていたならば、
夜、すこしだけでいいですから私のことを思い出してください。

悪夢を一身に引き受けている私のことを……。
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