『妄虎千夜一夜物語』

 「妄想は忘れた頃にやってくる」
 「助っ人は忘れたほうが丁度いい」
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シーズンが開幕して、リアルなタイガースの前にしばし妄想は霞んでしまうようです。 でも、そんな時も“妄想菌”はしっかり養分を蓄えているのです。いずれ訪れるかもしれない湿りっぱなしの季節に備えて、じわりじわりと……。

〜妄虎千夜一夜委員会〜

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変態
ある朝、イマオカが何か気がかりな夢から目を覚ますと、自分が寝床の中で全身が筋肉塊に変わっているのを発見する。全身、身に付く筋肉という筋肉は明らかに一回りも二回りも太くなって、上腕には何本かの血管が盛り上がっていた。首から肩にかけての僧帽筋も恐ろしいくらいに隆起して、まるで肩パッドでもしているかのようだった。胸板の厚みなどは、防弾チョッキを身にまとったような息苦しさを感じ、ベッドにめり込んだ臀部はマットレスが痛むんじゃないかと思えるくらいに突き刺さるような引き締まりを感じた。大腿部からふくらはぎにかけても上腕筋に負けず劣らずの筋肉に覆われていた。それはまるで血圧測定で、上腕に腕帯を巻いて空気が注入された時に感じる圧迫感。まさにそれが全身を覆っているような感じであった。

「これはいったいどうしたことだ」

そう呟くとイマオカは、二日酔い特有の頭痛を振り払いながら記憶の糸をたどっていった。

昨日は台風の接近もあって、甲子園の中日戦が二日続けて中止となった。そのため、主力級は軽めの練習で引き上げていった中、イマオカだけはこのところの打撃不振もあって居残りで打ち込みを行った。新聞記者に話した「今のオレには休養の2文字はないよ」というコメントは、いわばリップサービスという向きもあった。そうすれば翌日のスポーツ紙の報道で、ファンに一生懸命取り組んでいる姿勢をアピールできるし、逆に言えば、今の立場でさっさと引き上げた日には、どんなバッシングにさらされるかわかったもんじゃないという不安の裏返しでもあった。

帰路、久しぶりに相棒である打撃投手のキヨハラと連れ立って、なじみの焼肉屋で食事をして帰った。ただ、いつもと違う点といえば、普段、赤身の肉は脂身の少ない上ロースを頼むのだが、昨日の気分は上ハラミだったという点。あとひとつは、近頃になく珍しいくらいに酔いつぶれたことだった。というのも、この日は店のオーナーの計らいで、アニキ御用達の「森伊蔵」をたらふくいただくことが出来たからだった。いや、少しいただき過ぎたようだった。その酒の勢いも手伝って、たまりにたまった鬱憤は余すところなく相棒に向かって吐露された。

「なんでオレだけバッシングされんなあかんねん?」

イマオカの鬱憤の矛先は真っ先にマスコミに向けられた。マスコミの偏った戦犯探しが腹立たしかった。

「結果は出してるやないか。ちょっと得点圏打率が低いだけのこと。これとても、シーズン通じて論じてもらえれば、そこそこの数字で落ち着くはずなんや」

それをすぐに数字だけ切り出してバッシングに走り、「イマオカ限界説」を書き連ねる新聞記者にうんざりしていた。彼にとっては、その記事に影響され迎合するファンですらもマスコミの被害者であり、すべてが「マスコミ主犯説」で収斂していった。
同じチームメイトであるアニキやアカホシに対するマスコミの許容度と自分に対する許容度の差にも不満であった。アニキが不撓不屈の精神と強靭な肉体で「鉄人ぶり」を指し示すことで、アカホシが身体全体にほとばしる責任感と誠実感で「いい人ぶり」を指し示すことで、彼等がいくら不振を極めようともマスコミは沈黙しファンは温情さえみせつけるではないか?
それに引きかえ、肉体も精神性も情念の機微さえも、ともに内に秘めてしまったオレは、誰の庇護も受けることなくバッシングを甘んじて受けざるを得ない立場にやるせない思いだった。マスコミ、ファン、チームメイト、球団、監督、コーチ……。イマオカの鬱憤の矛先は留まるところを知らなかった。

日常の抑圧された鬱憤が顕在化して解き放たれるとき、もはやその対象は誰でもよかったりするのだろう。この日のイマオカは、誰にでも訪れる満月の夜の生理現象だったのかもしれない。翌朝になれば何もなかったかのように、解き放たれた鬱憤はまた静かに沈殿していることだろう。それが大人の世界のお約束だといわんばかりに。


                           ◇


全身が筋肉塊となったイマオカは、戸惑いを隠せないまま、ふとベッドサイドに目をやった。そこには試供品でもらった最近発売されたばかりのアニキの栄養ドリンク剤が4〜5本、飲み散らかされて空瓶になっていた。おそらく昨晩、酔いつぶれたままベッドに潜り込む前に、まとめて一気飲みしてしまったのだろう。昨日のある時点以降の記憶がぶっ飛んでしまったイマオカには、そのことを思い出すことなどできなかった。
ただ、ここまでの記憶の糸だけでも、ぼんやりとひらめくものがあった。

「まさか?」

ベッドから起き上がるとイマオカは、衣類をすべて脱ぎ捨てて一糸まとわぬ全裸となって全身ミラーの前に立ちはだかった。そこに映し出された姿は異様なものだった。首から上はイマオカなのに、首から下の胴体は全身ウエイトトレーニングで鍛え上げられた見事な肉体美だった。全身には一片たりとも不要なものは見当たらなかった。全身に張り付いた筋肉は、人体図鑑でもみるように存在感をもって、あるべき場所に配置されていた。ひとつひとつの筋肉には筋繊維の筋に沿って皮膚は隆起して、皮膚は筋肉の邪魔にならないように、その上を皮膜のようにラッピングしているだけの存在だった。
よく見ると、首筋、肩、二の腕にかけてのライン。どこか見慣れた曲線だった。

「アニキの身体やん。え?これは『鉄人マッスルボディスーツ』か?」

背中に切り返しやファスナーが無いかと両手でまさぐってみた。残念ながらそれらをみつけることは出来なかった。どうやら着ぐるみではないようだ。難しいことは分からなかったが、いずれにしろ、今、目の前にそびえ立つのはアニキ仕様のマッスルボディスーツをまとった「鉄人イマオカ」である。
ただ、精悍なアニキの体躯に、飄々たるイマオカの頭部が合体したアンバランスさには、われながら嘲笑せざるを得なかった。


                           ◇


自分の身体に備わった筋肉でありながら、どこか他人行儀でよそよそしさがあった。自分で触れるのですら躊躇してしまいそうだった。恐る恐る触れてみた。良い筋肉とは柔らかさと逞しさが同居しているという。触れてみるとまさにその通りだった。表面はシルクのような滑らかさと弾力を保ちながら、すこし強く押してやると自己主張するように跳ね返そうとする強靭さ、逞しさが顔をのぞかせる。その筋肉ひとつひとつを、ただ眺めて、筋繊維にそって指でなぞるだけでも飽きることはなかった。
この筋肉を見ていると、じっとしていられなくなってきた。素振り用にベッド脇に常備している920gのバットを手にして構えてみた。

「んん、なんだこの軽さは」

まるで子供のおもちゃのポリエステル製バットのようだった。二度、三度と素振りしてみたが、あまりの軽量感にどうもバランスが保てなかった。
試しに1200gのマスコットバットに持ち替えて振ってみた。これなら相当手ごたえがあるはずだった。でもどうだ、920gのバットよりも、むしろこちらのほうがバッターボックスでしっくりくるような重みに感じられた。筋肉への程よいテンションが心地良かった。1000gのバットを振り回すカブレラ級を凌駕しているのは確かだった。
それにしても全身に配備されたこのマッスル部隊、よくもまあ見事に調教されているもんだと感心してしまう。ひとつひとつの筋肉は個性的で存在感を示しながらも、何かひとつの動作が始まった途端、じつにスムーズな連携をしてくれる。バットを振る動作でいうと、始動はやや鈍重な立ち上がりだが、一旦、動き出すとその慣性モーメントを増幅して加速し、バットをしっかりとステアしてくれる。すべての筋肉が研ぎ澄まされたように、その瞬間バットのヘッド部分に全集中するような感じだった。それでいてパワーに余力があるもんだから、変化球に対する対応も容易そうだった。
それはイマオカが今まで経験したことのない未知の体験ゾーンだった。イマオカの脳裏には徐々に、バッターボックスでボールを打ち砕いている自分の姿がイメージとしてできつつあった。そして、ついに手に入れた充足感を感じ始めていった。すでに成功のイメージは約束されたものに思えた。

バットを握って小一時間くらい、バットスイングを繰り返しただろうか。気が付くと全身汗だらけだった。額を伝わった汗は鼻先と下唇の突端からポタポタ滴り落ち、肩から背中の汗は背骨の溝を伝わって臀部の谷間から太腿に伝わり、首から胸にあふれた汗は段々畑のような腹筋の溝を伝わって股間から突起物の突端……。

「おーっと、おらおらおい……」

意味不明な言葉を発したイマオカは、この時やっと思い出した。ベッドから起き上がってからずっと一糸もまとっていなかったことを。


                           ◇


汗をきれいに拭って、アンダーウェアも身に付けたイマオカは、ここでやっとベッドに腰を落とした。朝、目覚めてから驚嘆と興奮の連続に我を忘れていたイマオカは、すこし疲労していることに気が付いた。隆々たる筋肉は手で触ってみるとかなりの熱を帯びていることにも驚いた。バットを置いて腰を落ち着けたというのに、汗の噴き出しが止まらないはずだった。それどころか益々汗が湧き出てくるようだった。じっとしていても筋肉の緊張は高まる一方だった。血圧計の腕帯の空気をどんどん継ぎ足されたようだった。朝、起きたときよりも圧迫感ははるかに増していた。安静にしている間にも、その圧迫感は益々増長し、しまいには骨や間接に鈍痛を感じるくらいに圧迫感が増してきた。筋肉から発せられる熱は脳までヒートアップして、いつしかめまいを伴って座っていることもままならい状態に陥った。そして思わず倒れこむようにベッドに横たわらざるを得なかった。

そのとき、ドアの向うから妻の呼び声が聞こえてきた。
そろそろ球場に足を運ぶ支度を促す声だった。
でも、イマオカは起き上がることが出来なかった。全身を覆う熱のせいなのか、意識も朦朧としているようだった。この状態では球場に足を運ぶことなど無理な相談だった。イマオカは妻に適当な理由をつけて、発熱で今日一日、休ませて欲しいと球団に伝えてもらうように告げて、そのまま眠りについたのだった。


                           ◇


三、四時間くらい眠ったのだろうか。目が覚めたときは、すでに午後三時を回っていた。今頃、球場ではバッティング練習が佳境に入っている頃だろう。
一眠りしたおかげで、だいぶと楽になったようだった。筋肉の熱気も下がりつつあるようだった。それにつられて全身の圧迫感も和らいできた。間接や骨の負担も軽くなった。ただ、一時はホントに危険な状態だった。あのまま床に倒れて吐血するんじゃないかと思えるほどだった。
落ち着つと同時に冷静さがよみがえってきた。
イマオカは考えた。この「鉄人マッスルボディスーツ」がすごいポテンシャルを秘めていることは認めるが、これほど危険なものはないんだと。そして、このボディスーツは人を選ぶ。誰もがこのボディスーツを身にまとうことは許されてはいないだろう。それが許されるのは内なる外なるさまざまなノイズやバイヤスにも、心の振幅を常に整流に変えられる精神力をもつ者だけではないか。
自分にその資格がないことをイマオカは自覚した。自分は整流器を持ち合わせていない。いや、むしろ心の振幅を大事にしたいと考えていた。あるがままの心の振幅を素直に受け入れる自分でありたいと思っていた。ぶれず、迷わず、自信満々に言下に辻斬りする政治家や知識人が人気を博しているが、むしろ自分は日々葛藤し、逡巡し、煩悶し、もがき苦しみながら軌道修正を繰り返す人たちを信任したいと思っていた。
「イマオカらしくないバッティング……」などと評論家が口にするのを耳にするたび、イマオカは反発した。「イマオカのバッティング」はお前じゃなくてオレが決めること。去年とも今年とも昨日とも明日とも違う、日々アジャストされたバッティングはオレが決めてどこが悪い?


                           ◇


昨日の摂取物が消化、分解、排泄されるにしたがって、時間とともにイマオカは徐々に「常態」に戻りつつあった。イマオカは胸をなでおろした。恐らくこのままひと晩睡眠をとれば、明日には完全なる「常態」のイマオカに戻っていることだろう。すぐにでも試合に復帰できそうだ。そして、イマオカはそれで良いと思った。

ただ、「常態」に戻ったイマオカを見て、誰もがいつもどおりの「変態イマオカ」と揶揄するだろうけれど。
| いわほー | 妄想 | comments(3) | trackbacks(0) |
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春夏秋冬 (2007/07/22 12:50 AM)
同じ朝、いつもと同じ時間に目が覚めたカネモトは、ベッドの中で足を動かした途端、昨日までの膝の痛みが消えていることに気づいた・・・。

な〜んて、まさか、入れ替わってアニキがイマオカさんのボディになっていたりしてないでしょうねえヽ(^_^;)

イマオカさんは今季、彼なりに試行錯誤しながらニューイマオカになろうとしていたんだと思います。それなのに一昨年と同じ彼を期待して、最初から5番にしたのが悲劇の始まりだったのでは???

彼を見ているといつも思うの、”天才と変態は紙一重”。
tacoco (2007/07/23 2:10 PM)
一家の借金返済の稼ぎ頭だったグレゴールは、会社に行かねばと考えた。
借金返済に貢献していなかったイマオカは、一日休む事を選択した。
いや、休める状況下にあった。
お陰で、筋肉塊での圧死という難を逃れたイマオカ。

これでカフカに、いやカスカに明るい未来が期待できる・・・・。

ちび (2007/07/24 5:41 PM)
グレゴール・ザムザという名前が何気に好きでした(^^)
イマオカが無事でよかった。

しかし、姉さん・・・・(はあと)









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