『妄虎千夜一夜物語』

 「妄想は忘れた頃にやってくる」
 「助っ人は忘れたほうが丁度いい」
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シーズンが開幕して、リアルなタイガースの前にしばし妄想は霞んでしまうようです。 でも、そんな時も“妄想菌”はしっかり養分を蓄えているのです。いずれ訪れるかもしれない湿りっぱなしの季節に備えて、じわりじわりと……。

〜妄虎千夜一夜委員会〜

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やのっちかのっち、時々のぐっち 〜ローテーション〜 2007-5-13
●ヤクルト6−8阪神○ (阪神7勝1敗)

4連勝を飾った神宮球場のロッカールーム。
捕手三人が仲良く肩を並べて……。

かのっち「のぐっさん、ナイスバッティングでした」
やのっち「……」
のぐっち「いや、まぐれまぐれ……(笑)」
やのっち「……」
かのっち「投手心理を読んだバッティング、勉強になります」
やのっち「……」
のぐっち「確かにドンピシャとはまったんよね(笑)」
やのっち「……」
かのっち「それ以上にヤスさん、ハシケンさんのリードが素晴らしかったっす」
やのっち「……」
のぐっち「いや、まぐれまぐれ……(笑)」
やのっち「……」
かのっち「打者心理を読んだインサイドワーク、勉強になります」
やのっち「……」
のぐっち「確かにドンピシャとはまったんよね(笑)」
やのっち「……」
かのっち「僕も負けないように頑張ります」
やのっち「……」
のぐっち「いや、俺はなんてったって三番手だから(笑)」
やのっち「……」
かのっち「それなら僕もまだまだ二番手ですよ(笑)。たまには二番手、三番手だけで勝つこともあるってことですか。まあ言ってみれば今日はJFK以外で勝ったようなもんですね」
やのっち「うっ……」
のぐっち「そうそう」
やのっち「え、えへん。ジブンらええ奴やなあ。メシ行こかメシ」
かのっち・のぐっち「ごちそうさまーっす」
やのっち「ほな、先に出て待ってるで」
かのっち・のぐっち「ウッス」

・・・・・・

のぐっち「狩野、ジブン上手いなあ(笑)」
かのっち「給料上がるまでは嫁さんに、遠征先の夕食代千円って制限されてるもんで……」
のぐっち「そらきついなあ」
かのっち「昨日は今岡さん、一昨日は金もっさんって具合でローテーション組んでますんで」
のぐっち「ローテーション?」
かのっち「ええ。“先輩ゴチのローテーション”です。年俸一億以上の先輩でローテ組んでるんです。そのローテで行くと今日は矢野さんの番だったんで」
のぐっち「そういうわけか(笑)」
かのっち「だからローテの日は、その先輩が活躍してくれるかどうかが気がきじゃないんですよ。そればっかり気になって、マスクかぶっててもリードどころじゃないですから……」
のぐっち「あのなあ(笑)」
かのっち「そうそう、のぐっさんが加わったんで、早速ローテの見直ししときますから」
のぐっち「……(汗)」

| いわほー | 妄想 | comments(0) | trackbacks(0) |
やのっちかのっち 〜二人はぶつめつ〜 2007-5-5
●阪神0−2広島○ (阪神2勝6敗)

ついに泥沼の7連敗。
試合終了後、ロッカールームにて。
肩を落とすキャッチャー二人……

かのっち「……」
やのっち「……」
かのっち「……」
やのっち「……」
かのっち「……」
やのっち「……」
かのっち「……」
やのっち「……」
かのっち「……」
やのっち「……」

あかまつ「♪ざまーかんかんかっぱのへーっとー……。あ、お先っす!」

かのっち「……」
やのっち「……」
| いわほー | 妄想 | comments(0) | trackbacks(0) |
やのっちかのっち 〜二人はやけくそ〜 2007-4-30
○広島7−4阪神● (阪神2勝4敗)

広島あいてのよもやの三連敗。
こうなりゃあヤケクソ。三日連続、このお二人にご登場ねがおう。
試合終了後、ロッカールームにて。
今から横浜に移動する身支度をはじめたキャッチャー二人が肩を並べて……

やのっち「またしても初回、やられてもうたなあ」
かのっち「……」
やのっち「3試合続けて3点、5点、3点やもんなあ」
かのっち「……」
やのっち「若手が投げるときは全てリードの責任にされるもんなあ」
かのっち「……」
やのっち「ジブン、気持ちようわかるわ。第一、何であそこに投げさすんや言われても、そもそも要求したとこに来ないんやから。それでリードの責任て言われてもなあ」
かのっち「……」
やのっち「ベンチのムード、最悪やったなあ」
かのっち「……」
やのっち「岡田監督、カンカンやったなあ」
かのっち「……」
やのっち「おかだカンカンかっぱのへー……っちゅうてな(笑)」
かのっち「……」
やのっち「しょうもないこと言うてすまん。ジブン、ど根性ガエルって知らんよなあ?」
かのっち「……」
やのっち「……」
かのっち「……矢野さん、ひとつお願いがあるんですが」
やのっち「な、なんや……(汗)」
かのっち「シーズンオフにラジオ番組、持ってますでしょ?」
やのっち「朝日放送の『矢野輝弘のど〜んと来い!』?」
かのっち「ええ。オフにゲストで僕、呼んでください」
やのっち「なんや急に」
かのっち「一度、ラジオに出てみたかったんです」
やのっち「いや、そらまあええけど」
かのっち「もちろん合コンつきで!一度、局アナと合コンしてみたいっす」
やのっち「ジブン、子供もおるやん」
かのっち「プロ野球の選手って、いくらでも『局アナと合コン』できるもんやと思って期待してプロ入りしたんですよ」
やのっち「なんや、動機が不純やなあジブン。在京セは放送局と資本関係あるからまだしも、うちじゃせいぜい阪神百貨店のお姉ちゃんくらいやもんなあ。それじゃ物足りんか?」
かのっち「村西アナに会いたいんです」
やのっち「ムラニシ?村西利恵か?それやったら関テレちゃうん?」
かのっち「え?そうでした?チッ、なら片岡さんに言うんやった。今、通路ですれ違ったとこやん。ちょっと僕探してきますわ」
やのっち「……」
| いわほー | 妄想 | comments(0) | trackbacks(0) |
やのっちかのっち 〜二人はなかよし パート2〜 2007-4-29
○広島5−1阪神● (阪神2勝3敗)

広島でよもやの連敗。
昨日の杉山に引き続いての能見の背信投球に、お天気と真逆の不快指数値の高い攻撃ぶり。
試合終了後、ロッカールームにて。
再びキャッチャー二人が肩を並べて……

かのっち「立ち上がりに不安のある能見だけに、うまいことリードしてやらんななあ」
やのっち「それって誰の言葉?」
かのっち「さあ?誰でしょう?」
やのっち「お前、先輩なぶってんのか?」
かのっち「すいません。軽い冗談のつもりで言ったんです」
やのっち「あのなあ……」
かのっち「初回のあそこだけでしたもんね。あとは完璧なリードでしたよ」
やのっち「ジブンに褒められてもなあ……」
かのっち「ほなあの場面、岡田監督、何言ってたか教えましょか?」
やのっち「え?何言うてたって?教えて教えて」
かのっち「何も言わず『うーーん』言うて口ごもってました」
やのっち「な、なんやそら……」
かのっち「へへっ、ドキドキしました?」
やのっち「まだオレをおちょくってんか?」
かのっち「すいません。あ、でも僕の見事な右打ち見てくれました?」
やのっち「しらん!」
かのっち「もおーしらばっくれて。やのっち」
やのっち「先輩に向かって“やのっち”?」
かのっち「あ、僕のことも“かのっち”でいいですよ」
やのっち「……」
| いわほー | 妄想 | comments(0) | trackbacks(0) |
やのっちかのっち 〜二人はなかよし〜 2007-4-28
○広島8−4阪神● (阪神2勝2敗)

きょうから黄金週間がスタート。
プロ野球もいよいよ9連戦がスタートする。
その初戦、広島球場でのデーゲーム。
今日はフェルナンデスのナックルにメロメロだった試合終了後、ロッカールームにて。
キャッチャー二人が肩を並べて……

かのっち「5回の杉山は責任回数だけに、投げ急ぎしてしまうところを捕手が察して上手くリードしたらんなあかんがな」
やのっち「ジ、ジブン、先輩に向かってタメ口やん……」
かのっち「って岡田監督、ベンチで独り言いってました」
やのっち「な、なんや、そうかいな。びっくりしたわ」
かのっち「僕もそう思いましたけど」
やのっち「あのなあ……」
かのっち「明日は先発やすんでもらおか」
やのっち「ってそれも岡田監督、言うてたんか?」
かのっち「いえ、これは僕の意見です」
やのっち「お、おまえなあ……」
かのっち「でも、あの回のリードって難しいですよねえ」
やのっち「そうなんや。向こうの打者が徹底しておっつけにかかってるのはみえみえやったんやが」
かのっち「ベテランなんやから、あないにストライクを揃えすぎたら狙われるんわかるやろ」
やのっち「それも岡田監督か」
かのっち「いえ、これは僕です」
やのっち「岡田口調で言うたら何言うても許される思ってんちゃうか、ジブン」
かのっち「え?ばれました?」
やのっち「……」
| いわほー | 妄想 | comments(0) | trackbacks(0) |
変態
ある朝、イマオカが何か気がかりな夢から目を覚ますと、自分が寝床の中で全身が筋肉塊に変わっているのを発見する。全身、身に付く筋肉という筋肉は明らかに一回りも二回りも太くなって、上腕には何本かの血管が盛り上がっていた。首から肩にかけての僧帽筋も恐ろしいくらいに隆起して、まるで肩パッドでもしているかのようだった。胸板の厚みなどは、防弾チョッキを身にまとったような息苦しさを感じ、ベッドにめり込んだ臀部はマットレスが痛むんじゃないかと思えるくらいに突き刺さるような引き締まりを感じた。大腿部からふくらはぎにかけても上腕筋に負けず劣らずの筋肉に覆われていた。それはまるで血圧測定で、上腕に腕帯を巻いて空気が注入された時に感じる圧迫感。まさにそれが全身を覆っているような感じであった。

「これはいったいどうしたことだ」

そう呟くとイマオカは、二日酔い特有の頭痛を振り払いながら記憶の糸をたどっていった。

昨日は台風の接近もあって、甲子園の中日戦が二日続けて中止となった。そのため、主力級は軽めの練習で引き上げていった中、イマオカだけはこのところの打撃不振もあって居残りで打ち込みを行った。新聞記者に話した「今のオレには休養の2文字はないよ」というコメントは、いわばリップサービスという向きもあった。そうすれば翌日のスポーツ紙の報道で、ファンに一生懸命取り組んでいる姿勢をアピールできるし、逆に言えば、今の立場でさっさと引き上げた日には、どんなバッシングにさらされるかわかったもんじゃないという不安の裏返しでもあった。

帰路、久しぶりに相棒である打撃投手のキヨハラと連れ立って、なじみの焼肉屋で食事をして帰った。ただ、いつもと違う点といえば、普段、赤身の肉は脂身の少ない上ロースを頼むのだが、昨日の気分は上ハラミだったという点。あとひとつは、近頃になく珍しいくらいに酔いつぶれたことだった。というのも、この日は店のオーナーの計らいで、アニキ御用達の「森伊蔵」をたらふくいただくことが出来たからだった。いや、少しいただき過ぎたようだった。その酒の勢いも手伝って、たまりにたまった鬱憤は余すところなく相棒に向かって吐露された。

「なんでオレだけバッシングされんなあかんねん?」

イマオカの鬱憤の矛先は真っ先にマスコミに向けられた。マスコミの偏った戦犯探しが腹立たしかった。

「結果は出してるやないか。ちょっと得点圏打率が低いだけのこと。これとても、シーズン通じて論じてもらえれば、そこそこの数字で落ち着くはずなんや」

それをすぐに数字だけ切り出してバッシングに走り、「イマオカ限界説」を書き連ねる新聞記者にうんざりしていた。彼にとっては、その記事に影響され迎合するファンですらもマスコミの被害者であり、すべてが「マスコミ主犯説」で収斂していった。
同じチームメイトであるアニキやアカホシに対するマスコミの許容度と自分に対する許容度の差にも不満であった。アニキが不撓不屈の精神と強靭な肉体で「鉄人ぶり」を指し示すことで、アカホシが身体全体にほとばしる責任感と誠実感で「いい人ぶり」を指し示すことで、彼等がいくら不振を極めようともマスコミは沈黙しファンは温情さえみせつけるではないか?
それに引きかえ、肉体も精神性も情念の機微さえも、ともに内に秘めてしまったオレは、誰の庇護も受けることなくバッシングを甘んじて受けざるを得ない立場にやるせない思いだった。マスコミ、ファン、チームメイト、球団、監督、コーチ……。イマオカの鬱憤の矛先は留まるところを知らなかった。

日常の抑圧された鬱憤が顕在化して解き放たれるとき、もはやその対象は誰でもよかったりするのだろう。この日のイマオカは、誰にでも訪れる満月の夜の生理現象だったのかもしれない。翌朝になれば何もなかったかのように、解き放たれた鬱憤はまた静かに沈殿していることだろう。それが大人の世界のお約束だといわんばかりに。


                           ◇


全身が筋肉塊となったイマオカは、戸惑いを隠せないまま、ふとベッドサイドに目をやった。そこには試供品でもらった最近発売されたばかりのアニキの栄養ドリンク剤が4〜5本、飲み散らかされて空瓶になっていた。おそらく昨晩、酔いつぶれたままベッドに潜り込む前に、まとめて一気飲みしてしまったのだろう。昨日のある時点以降の記憶がぶっ飛んでしまったイマオカには、そのことを思い出すことなどできなかった。
ただ、ここまでの記憶の糸だけでも、ぼんやりとひらめくものがあった。

「まさか?」

ベッドから起き上がるとイマオカは、衣類をすべて脱ぎ捨てて一糸まとわぬ全裸となって全身ミラーの前に立ちはだかった。そこに映し出された姿は異様なものだった。首から上はイマオカなのに、首から下の胴体は全身ウエイトトレーニングで鍛え上げられた見事な肉体美だった。全身には一片たりとも不要なものは見当たらなかった。全身に張り付いた筋肉は、人体図鑑でもみるように存在感をもって、あるべき場所に配置されていた。ひとつひとつの筋肉には筋繊維の筋に沿って皮膚は隆起して、皮膚は筋肉の邪魔にならないように、その上を皮膜のようにラッピングしているだけの存在だった。
よく見ると、首筋、肩、二の腕にかけてのライン。どこか見慣れた曲線だった。

「アニキの身体やん。え?これは『鉄人マッスルボディスーツ』か?」

背中に切り返しやファスナーが無いかと両手でまさぐってみた。残念ながらそれらをみつけることは出来なかった。どうやら着ぐるみではないようだ。難しいことは分からなかったが、いずれにしろ、今、目の前にそびえ立つのはアニキ仕様のマッスルボディスーツをまとった「鉄人イマオカ」である。
ただ、精悍なアニキの体躯に、飄々たるイマオカの頭部が合体したアンバランスさには、われながら嘲笑せざるを得なかった。


                           ◇


自分の身体に備わった筋肉でありながら、どこか他人行儀でよそよそしさがあった。自分で触れるのですら躊躇してしまいそうだった。恐る恐る触れてみた。良い筋肉とは柔らかさと逞しさが同居しているという。触れてみるとまさにその通りだった。表面はシルクのような滑らかさと弾力を保ちながら、すこし強く押してやると自己主張するように跳ね返そうとする強靭さ、逞しさが顔をのぞかせる。その筋肉ひとつひとつを、ただ眺めて、筋繊維にそって指でなぞるだけでも飽きることはなかった。
この筋肉を見ていると、じっとしていられなくなってきた。素振り用にベッド脇に常備している920gのバットを手にして構えてみた。

「んん、なんだこの軽さは」

まるで子供のおもちゃのポリエステル製バットのようだった。二度、三度と素振りしてみたが、あまりの軽量感にどうもバランスが保てなかった。
試しに1200gのマスコットバットに持ち替えて振ってみた。これなら相当手ごたえがあるはずだった。でもどうだ、920gのバットよりも、むしろこちらのほうがバッターボックスでしっくりくるような重みに感じられた。筋肉への程よいテンションが心地良かった。1000gのバットを振り回すカブレラ級を凌駕しているのは確かだった。
それにしても全身に配備されたこのマッスル部隊、よくもまあ見事に調教されているもんだと感心してしまう。ひとつひとつの筋肉は個性的で存在感を示しながらも、何かひとつの動作が始まった途端、じつにスムーズな連携をしてくれる。バットを振る動作でいうと、始動はやや鈍重な立ち上がりだが、一旦、動き出すとその慣性モーメントを増幅して加速し、バットをしっかりとステアしてくれる。すべての筋肉が研ぎ澄まされたように、その瞬間バットのヘッド部分に全集中するような感じだった。それでいてパワーに余力があるもんだから、変化球に対する対応も容易そうだった。
それはイマオカが今まで経験したことのない未知の体験ゾーンだった。イマオカの脳裏には徐々に、バッターボックスでボールを打ち砕いている自分の姿がイメージとしてできつつあった。そして、ついに手に入れた充足感を感じ始めていった。すでに成功のイメージは約束されたものに思えた。

バットを握って小一時間くらい、バットスイングを繰り返しただろうか。気が付くと全身汗だらけだった。額を伝わった汗は鼻先と下唇の突端からポタポタ滴り落ち、肩から背中の汗は背骨の溝を伝わって臀部の谷間から太腿に伝わり、首から胸にあふれた汗は段々畑のような腹筋の溝を伝わって股間から突起物の突端……。

「おーっと、おらおらおい……」

意味不明な言葉を発したイマオカは、この時やっと思い出した。ベッドから起き上がってからずっと一糸もまとっていなかったことを。


                           ◇


汗をきれいに拭って、アンダーウェアも身に付けたイマオカは、ここでやっとベッドに腰を落とした。朝、目覚めてから驚嘆と興奮の連続に我を忘れていたイマオカは、すこし疲労していることに気が付いた。隆々たる筋肉は手で触ってみるとかなりの熱を帯びていることにも驚いた。バットを置いて腰を落ち着けたというのに、汗の噴き出しが止まらないはずだった。それどころか益々汗が湧き出てくるようだった。じっとしていても筋肉の緊張は高まる一方だった。血圧計の腕帯の空気をどんどん継ぎ足されたようだった。朝、起きたときよりも圧迫感ははるかに増していた。安静にしている間にも、その圧迫感は益々増長し、しまいには骨や間接に鈍痛を感じるくらいに圧迫感が増してきた。筋肉から発せられる熱は脳までヒートアップして、いつしかめまいを伴って座っていることもままならい状態に陥った。そして思わず倒れこむようにベッドに横たわらざるを得なかった。

そのとき、ドアの向うから妻の呼び声が聞こえてきた。
そろそろ球場に足を運ぶ支度を促す声だった。
でも、イマオカは起き上がることが出来なかった。全身を覆う熱のせいなのか、意識も朦朧としているようだった。この状態では球場に足を運ぶことなど無理な相談だった。イマオカは妻に適当な理由をつけて、発熱で今日一日、休ませて欲しいと球団に伝えてもらうように告げて、そのまま眠りについたのだった。


                           ◇


三、四時間くらい眠ったのだろうか。目が覚めたときは、すでに午後三時を回っていた。今頃、球場ではバッティング練習が佳境に入っている頃だろう。
一眠りしたおかげで、だいぶと楽になったようだった。筋肉の熱気も下がりつつあるようだった。それにつられて全身の圧迫感も和らいできた。間接や骨の負担も軽くなった。ただ、一時はホントに危険な状態だった。あのまま床に倒れて吐血するんじゃないかと思えるほどだった。
落ち着つと同時に冷静さがよみがえってきた。
イマオカは考えた。この「鉄人マッスルボディスーツ」がすごいポテンシャルを秘めていることは認めるが、これほど危険なものはないんだと。そして、このボディスーツは人を選ぶ。誰もがこのボディスーツを身にまとうことは許されてはいないだろう。それが許されるのは内なる外なるさまざまなノイズやバイヤスにも、心の振幅を常に整流に変えられる精神力をもつ者だけではないか。
自分にその資格がないことをイマオカは自覚した。自分は整流器を持ち合わせていない。いや、むしろ心の振幅を大事にしたいと考えていた。あるがままの心の振幅を素直に受け入れる自分でありたいと思っていた。ぶれず、迷わず、自信満々に言下に辻斬りする政治家や知識人が人気を博しているが、むしろ自分は日々葛藤し、逡巡し、煩悶し、もがき苦しみながら軌道修正を繰り返す人たちを信任したいと思っていた。
「イマオカらしくないバッティング……」などと評論家が口にするのを耳にするたび、イマオカは反発した。「イマオカのバッティング」はお前じゃなくてオレが決めること。去年とも今年とも昨日とも明日とも違う、日々アジャストされたバッティングはオレが決めてどこが悪い?


                           ◇


昨日の摂取物が消化、分解、排泄されるにしたがって、時間とともにイマオカは徐々に「常態」に戻りつつあった。イマオカは胸をなでおろした。恐らくこのままひと晩睡眠をとれば、明日には完全なる「常態」のイマオカに戻っていることだろう。すぐにでも試合に復帰できそうだ。そして、イマオカはそれで良いと思った。

ただ、「常態」に戻ったイマオカを見て、誰もがいつもどおりの「変態イマオカ」と揶揄するだろうけれど。
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辞表
西宮市の岡田邸にて。

デーゲームに敗れて、今シーズン2度目の10連敗を記録した夜。
9時過ぎに自宅に戻った監督は、食事も採らずに書斎にこもったまま、いよいよ日付が変わろうとしていた。
陽子も陽集も監督が帰宅のとき、意識的に目を合わさないようにしながら、できるだけいつもと同じようなテンションで迎えたつもりだった。もちろん、野球のことは一言も触れずに。
しかし、さすがに今日ばかしはいつにも増して険しい表情だった。だから、一直線で書斎に向かった監督に食事のことを聞くタイミングを逃してしまったままだった。あれからもうすでに3時間以上、物音一つ立てずに部屋にこもったままだった。

陽子には少しだけ胸騒ぎするものがあった。
それは、昨晩の夕食のときだった。
その日は試合がなかったので、ひさしぶりに家族水入らずの夕食を楽しんでいた。
テレビは極力、野球の話題を避けて、当たり障りのないバラエティー番組を流していた。
その時、特にこちらが何を聞いたわけでもないのに突然、ぼそっと監督が独り言をつぶやいた。

「もう、潮時かなあ……」

突然だったし、小声でもあったので確信はもてなかったが、陽子の耳にはそう聞こえた。
あとでこっそり陽集にも聞いてみたが、彼もそんなふうだったと言っていた。
(いよいよ、決心を固めたのか?)

                      ◇

8月に入ってからもチーム状態は低迷したままだった。
去年の今頃だったろうか。例の「球児の涙」のあとの快進撃が始まったのは。
しかし、今年の場合、すでに優勝はおろか、プレーオフの挑戦資格である三位以内の成績も絶望的な状況だった。いや、このまま下手すれば6年ぶりの最下位もありえる低迷ぶりだった。
スポーツ紙も連日、「岡田引責辞任近し!」の活字が躍っていた。
まだ、シーズンは30試合も残しているというのに。

                      ◇

書斎で筆ペンを握った彼は、何度も書いては捨て書いては捨てを繰り返していた。
どうしても「辞表」の「表」の字が気に食わなかったからだ。
試し書きに用意した半紙の束もついには無くなり、仕方ないので傍にあったスポーツ紙を使って、試し書きを続けていた。それでも、なかなか納得のいく字が書けなかったことに苛立っていた。

「オレ、習字は得意やったのになあ……」

しかし、さすがに食事も採らずに3時間もすると、いくらなんでも根気が萎えてきた。

「ま、ええか。こんなもんで」

そう言うと、机の引き出しにしまってあった白い封筒を取り出した。
中身のほうは数日前にすでにしたためてあった。
机の上に封筒を置くと、しばらくの間、真っ白な封筒を見つめていた。
そして、おもむろに筆ペンを握ると、あっという間に表紙に「辞表」と書き添えた。

「おっ、ええ感じやん。やっぱりオレって本番に強いなあ」

すこし自嘲気味ながらも、まんざらでもなさげに微笑した。
その時、ドアの向こうから妻の声がした。

「あなた、お食事かお風呂はどうされます?」
「お、丁度良かった。今から降りようと思ってたんや。風呂、先に入るから晩酌の準備しといてくれ」

ドアを開けながらそう返事した。
そこには陽子が立っていた。

「実はなあ、お前に頼みたいことがあるんや」

そう言うと、今、書き上げた「辞表」の封筒を彼女に差し出した。

「え?これってもしかして?」
「そうや。オレもだいぶと悩んだんやが、ここが潮時や思うてなあ」
「あなた、お疲れ様でした。私はあなたの決めたことに付いて行くだけですから」
「いや、そない仰々しくせんでもええやん。オレのワガママなんやから」
「陽集も理解してくれると思いますから」
「すまんなあ。あいつに面と向かって言うのは照れるから、お前から言うとってくれ。ほな明日、この辞表を届けてくれるか?」
「え?私がですか?」
「そや。お前がや」
「誰に届けるんですか?」
「そんなん決まってるやん。はす向かいの木戸さんやん」
「え?副町会長の木戸さんのことですか?それって町会長を辞めるって話ですか……」
「そや。なんやと思うたんや?」
「い、いえ……」
「オレも野球のほうに専念せんなあかんからなあ。せやからちゅうて町会長の仕事、お留守にしたらいかんやろ?それに副町会長の木戸はん。あのオッサン、前々から会長の座、狙ってたからなあ。きっと内心ほくそ笑んどるに違いないで。くっそー……」

「あ、あなた……」

| いわほー | 妄想 | comments(2) | trackbacks(0) |
悪夢
平日の朝。
ラッシュアワーのプラットホーム。

駆け込み乗車を避けて一本あとの電車にしようかと一瞬迷ったのだが、朝から大事な会議が控えていることもあって、無理して私は先頭車両に滑り込んだ。いや、滑り込むというより、ラクビーの肉弾戦に近かった。いうなれば相手陣営にスクラムトライするような感じだった。我ながら、すこし強引過ぎたと乗り込んでからすこし反省した。

ようやく乗り込んだ車内は、向きを変えることもままならないくらいギューギュー詰めの状態だった。冷房車とはいえ、梅雨時でもあり、この人数の人いきれを鎮めるには力不足だった。
車内の不快指数は相当なものだろうが、誰もが十数分の辛抱だからと言い聞かせているに違いなかった。

いつもの私はショルダー付きの比較的薄いカバンを使うのだが、その日は書類を多く抱えていたため、マチの深い幅広のカバンで乗り込んだ。そのため、肩にかけることもできず、右手に提げるとかさばるので立ち位置が決まるなりすぐに足元に置いた。
それから、おもむろに駅のキオスクで買ったスポーツ紙を丁寧に縦長に折り返して、左手に持ち替えてお目当ての記事から読み始めた。

今現在、タイガースのチーム状態は最悪だった。いや、壊滅的といってもよかった。先発投手に故障者が続出して頭数が揃わない上、打線の調子が一向に上向きにならない。打っては2点打線、投げては5点台の防御率では、いかんともしがたかった。JFK自体の調子は悪くないのだが、そもそもそこまでリードを維持したままバトンを渡すことがままならなかった。4・5回で試合が破綻する状態がここ何試合も続いていた。
そして、昨日はついに二度目の10連敗を喫してしまった。
ぶっちぎりの最下位である。

「岡田監督休養か?」

いよいよ出るべくして出た新聞の見出しだった。
その見出しにつられて、このところ買い控えていたスポ紙を久しぶりに手にしたのだった。
岡田監督と新聞記者との間には、日増しに険悪な緊張感が高まっていった。
その、監督と記者の丁々発止のやりとりを記した記事をむさぼる様に読み耽っていた。

そのときである。

「キャー、この人痴漢です!」

私のすぐ右前に佇む二十歳そこそこであろうか。その女性が突然、金切り声をあげたのだった。
私が乗り込んだその電車は、通称「痴漢電車」として、マスコミに多く取り上げられることで有名だった。なかでも、この日私が乗り込んだ先頭車両は、特に痴漢集団が乗り合わせることでも知られていた。
だから、いつもはこの車両を避けて、真ん中あたりの車両を選んで乗るようにしていたのだが、あいにくこの日は急いでいたことも手伝って、やむなくその車両に乗り込んでしまったのだった。

私は左手に掲げていた新聞をおろして、金切り声をあげたその女性のほうに視線を向けた。
小柄でやや細身なその女性は、くっきりとした目元に、意志の強さがしっかり現れているように見て取れた。
そして、しっかり見据えたその視線は明らかに私に向かっていた。

「この人、痴漢です!」

今度は前ほどの金切り声ではなかったが、しっかりとした滑舌でそう繰り返した。
間違いなく私を凝視しているようだった。そのことに戸惑った私は、その視線の延長線上になにかあるのではないかと、私の後ろを二、三度振り返ってみたのだが、振り返った先で目にする顔という顔の視線と、ことごとくぶつかるのだった。

(なんで皆、私を見やるんだ?え?もしや私が痴漢だと思われている?)

やっと自分の置かれている状況が飲み込めた。
とっさに私は自分の両手の所在を確認した。
左手はずっとスポーツ紙を握っていた。そして、右手は……。いつもなら吊革をしっかり握っているはずだった。日ごろからそうすることで、やましい疑いがかからぬための意思表明しているつもりだった。しかし、その日に限りは適当な吊革が空いていなかったこともあって、カバンを持つでもなく手持ち無沙汰な状態で放置していたのは事実だった。

まさか、その右手が私の意志とは関係なしに、ご主人様の知らない間に痴漢行為を働いたとでも言うのだろうか?
そんなはずはあるまい。第一、右前方に女性が立っていたことすら気が付かないくらい、スポーツ紙の件の記事に没頭していたのだから。

でも、その女性の視線は揺ぎなかった。
その確信に満ちた視線を受けて、濡れ衣であるにもかかわらず、次第に私の視線が泳ぎだした。
その変化を見逃さなかったのか、その女性は自分の判断に間違いないと自信を深めたかのように、もう一度、大きな声でこういった。

「この人、痴漢です。警察に突き出してください!」

この時点で、やっと私は二つのことを自覚した。
ひとつ。この女性は私が痴漢行為を働いたことを、周りの同乗者たちに訴えている。
ふたつ。そして私はかなり不利な状況にたたされている。

うら若き女性の勇気を振り絞った訴えと、一方では、しどろもどろの中年のオッサン。
どう考えても、女性に分があることは自明であった。

もちろん、私に身に覚えはない。100パーセント無実だ。
しかし、この状況下で私はいかにして無実を証明できるんだ?
1にアリバイ、2に物理的に犯行を行うことが不可能な理由、3に目撃証言を得ること、4に動機の欠如を知らしめること。

先ずはアリバイだ。その日、その時間、犯行を行うことが不可能な場所にいた事を証明できれば良いというのだが、これはどう考えても証明不可能だ。目の前の犯行現場に立ち会ってしまっているのだから。しかも、手を伸ばせば届く位置に。

2番目の犯行を行うことが物理的に不可能な理由を証明できれば良いのだが、例えば両手とも頭上に掲げていることを誰かに目撃されていれば十分な理由になりえたし、あるいは両手とも何か持っていれば証明になりえるだろうけれど、左手はともかく、この日この時、あきらかに右手はフリーな状態だった。

3番目の目撃証言を得ることも難題だ。何故なら痴漢行為そのものが目撃されにくい位置での行為であり、だれかが触ったということすら人目につかない。ましてや触っていないという目撃証言を、誰がどう証言してくれるというのか。

最後の動機の欠如については、私が男性である以上、如何ともしがたい。相手は若い女性だ。誰だって動機は十分にありとみなされるだろう。

考えれば考えるほど痴漢の冤罪は晴らすことが難しいことを知る。
私はすこしずつ追い詰められていく心境だった。
いずれにしろ、この状況下で黙ってこの女性の発言を否定も肯定もせずに遣り過ごすことは、不利な状況をより悪化させるだけだった。
今、私が出来ることはとにかく無実を表明することだけだった。

「私があなたに痴漢したと言うんですか?」やや緊張気味に言った。

「ええ。あなたのその右手が、私のスカートをまさぐったじゃありませんか」やや語気を強めて女性はそう答えた。

残念ながら、私には右手のアリバイが証明できない。
いつものように吊革を握っておくべきだった。

「そ、そんな……。私が痴漢を働いたという証拠はあるんですか?」それしか言いようがなかった。

「なら、あなたが痴漢を働かなかったという証拠を見せてください」それが出来れば苦労はないんだ。

その時、後ろのほうから若い男性が言い放った。

「オッサン、いい加減に認めろよ!」

まさに、周りの同乗者の気持ちを代弁したような一言なんだろう。同調するような反応が続いた。もし、私が同じ立場の傍観者であるのなら、同じ感情を抱いていたかもしれない。
それが分かるだけに辛いところだ。

「駅に着いたら警察につまみ出せ!」別の男性が言った。

この空間に、私対女性及び同乗者全員の構図が出来上がってしまったようだった。
私の額から、とめどなく汗が噴出してくるのを感じた。

あと5分もしないうちに終着駅に到着するだろう。時間は刻々と迫っている。それまでにこちらの出方を決定しなくてはいけない。
私はやっていないんだと強行に主張し続けるのか、これ以上は争わずに素直に謝ってやってもいない行為を受け入れるのか。

勿論、やってもいない痴漢行為を受け入れることは耐え難い。私には家族もいれば、会社の地位も持ち合わせている。そう易々と冤罪を受け入れられるもんじゃない。
が、しかし、その主張を貫き通すためには、多大な時間と労力が必要になってきそうな予感はある。以前、テレビで、やはり痴漢の冤罪と戦った会社員の話を取り上げていた。30日に及ぶ拘留と2年越しの裁判を経て、冤罪であることを勝ち取った話だった。結局、その人は会社も辞めて、全てを投げうった犠牲の上で勝ち得た無罪だった。

そこまでして私に戦えというのか?
目先の話にしか気が及ばないが、そうなると、少なくとも今日の会議への出席はかなわないだろう。その会議に私が外れることは許されないはずなのに。きっと、このプロジェクトから外されかねないだろう。私にとって、それも死活問題だ。

ならば、無実であるにもかかわらず、それを承知で罪をかぶって遣り過ごすのか。そうすれば駅に着くなり、駅員もしくは警察に連行されるであろうが、初犯でもあり軽微な犯罪として、小一時間もあれば放免を許されるであろう。女性に謝罪して刑事告訴を取り下げてもらえれば、会社に知れることもあるまい。ただし、前科の烙印を押されてしまうことに違いないのだが。

そんな葛藤が、わずかの時間の中で脳裏を錯綜し続けていた。
いずれの態度で臨むのか。あと数分の内に判断しなければいけないのだ。
心臓の鼓動は高まって、噴出す脂汗は額にとどまらず、手のひらや脇下までも沁みだしてきた。
……少しずつ真綿で首を締め付けられるような息苦しさに襲われ始めた。

…………。

                    ◇

おもむろに私は布団から飛び起きた。
夢。それは、なんとも後味も悪い悪夢だった。
後味だけでなく、体力をも消耗させる悪夢だった。
覚醒してからも、しばらくぐったりしてしまうくらいの。
見ると私の布団は寝汗でびっしょりと湿っていた。
もう、こんな悪夢が夜毎、何週間も続いている。
ただ、その理由は分かっている。

朝食のコーヒーをすすりながら、朝刊のスポーツ欄を開いた。
「タイガース10連勝」の文字が躍っている。
4月は勝ったり負けたりだった。ところが5月に入り、福原、安藤が完全復帰を果たしてからというもの、投打がしっかり噛みあいだした。それからタイガースの快進撃が始まって、昨日はついに今シーズン二度目の10連勝を飾って、ドラゴンズに8ゲームの差をつけて単独首位をひた走っているのだ。
そして、そのことが悪夢の原因でもあるのだ……。

                    ◇

そのことに気付いたのは2003年だった。
過去、十年以上にわたった不遇のタイガース暗黒時代からの脱却を遂げた年である。
その年、星野タイガースは4月から面白いように勝ちまくった。
すこしは負けてもいいんじゃないかと思えるくらい勝ちまくった。

そして、その頃から悪夢が私を襲うようになった。タイガースが快進撃すればするほど、夜、悪夢にうなされる日々が続いたのだ。まるで喜怒哀楽の帳尻を合わすかのように。でも、まだその時点ではタイガース快進撃と悪夢の因果関係には気付いていなかった。
はっきりとそれを自覚したのは、「死のロード」が始まった頃からだった。
高校野球に甲子園を明け渡して「死のロード」に旅立った頃から、それまで快進撃を続けてきたタイガースに翳りが見えはじめた。それに呼応するかのように、4月から連夜続いた悪夢が立ち消える夜が時々訪れるようになったのだ。

決定的だったのが9月。マジックを5に減らして神宮、ナゴヤに遠征に出たときである。優勝を目前にしたプレッシャーからか、神宮、ナゴヤの6連戦、タイガースは1勝も出来なかった。そして、その6連戦の間、嘘のようにピタッと悪夢が鳴りを潜める経験をしたとき、タイガースと悪夢の因果関係を確信したのだった。推理小説の謎解きの瞬間のように、過去の経験が符合することを知ったのだ。

1985年。21年ぶりにタイガースが優勝した年。思い起こせば、この年も悪夢に襲われていた。しかし、その年は会社に就職して間もない頃でもあったため、日々仕事に慣れることでいっぱいいっぱいの毎日だった。悪夢が続いたことも自然と仕事に関連付けていたのだった。

それ以降、タイガースの長い低迷が続いたこともあって、私の悪夢は次第にかすんでいった。
特に95年以降は最下位続きの歴史に残る「暗黒時代」。思えば、この時期がもっとも安眠を享受できた、ある意味、幸福な時代だったといえるのだった。

2006年のいわゆる「球児の涙」以降のタイガースにも悩まされた。落合監督をして「球史に残る」と言わしめた快進撃は、私の喜びでもあり苦しみでもあったのだ。快進撃が続く1ヶ月ちょっとの間、私は毎晩、夢の中で「不幸の見本市」を開催している気分だった。家は何度も火事にあい、強盗に入られたことは二度三度、会社も倒産し、一家が路頭に迷うことを何度経験したことだろう。考えうるありとあらゆる不幸が、毎晩これでもかと押し寄せる毎日だった。

                    ◇

私はこの頃、こう思うようにしている。
悪夢は朝の訪れと共にリセットされる。
それに引き換えタイガースの成績は、一年たたないとリセットされない。
ならば、タイガース快進撃に伴う悪夢という名の「負のシナジー」を、私一人が引き受けようではないか。
それですべてが収まるのなら。
愛するタイガースのために。

ただ、あなたに一つだけお願いがあります。
今日も今日とてタイガースが快進撃を続けていたならば、
夜、すこしだけでいいですから私のことを思い出してください。

悪夢を一身に引き受けている私のことを……。
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朝日
未明から降り出した雨が通勤に向かう人たちの傘を濡らしていた
阪急南方駅近くの喫茶店で
メグミは憂鬱な表情で男がやってくるのを待っていた
中本さんとの別れから約半年
メグミの毎日は何一つ変わることはなかった

昨日、産婦人科で妊娠を告げられた
父親はわかっていた
金銭目当てに身体を許すことのないメグミにとって
少なくとも愛情を傾けた男であった
昨夜電話すると、出勤前の少しの時間なら会ってくれるという

やがてドアが開き、男がメグミの前に座った
男の顔を見た途端
メグミの両眼から涙が溢れ出した
「ゴメンナサイ、わたしアカチャンデキタ」
「神様は許してくれないケド、メイワクかけちゃイケナイカラ」
「わたし手術シタイデス、けどお金アリマセン」
「少しタスケテ下さい、オネガイシマス」
「ゴメンナサイ、ホントゴメンナサイ」
メグミは泣き続けた
男は何も話さなかった

ハンカチをぐしょぐしょにして
メグミが顔を上げた時

男は笑っていた

「メグミは俺と結婚したくないの?」
「おふくろ説得するの大変だなあ」

メグミの眼からまた涙が溢れ出した


赤星憲広は
電話で記者の取材を受けていた
敗者の弁を求める記者に怒りをぶつけていた
その誇りだけが自らを強くする術だという事を知っているから


多恵は息子の朝食を用意していた
もともとおとなしかった息子だが
最近では殆ど会話を交わすこともなくなった

夫が残してくれた工場の経営は苦しく
借金をしなかった夫のおかげで
なんとか生き永らえているいるような状態であった

息子の大輔は父の時代に付き合いがあった得意先を
毎日回っていたが
口下手な息子に営業が出来るはずもなかった

多恵は決心していた

工場を閉めようということを

息子が朝食の席につく
多恵が口を開こうとしたその時
電話が鳴った

「おばちゃん、センシュウって会社知っとるか?」
「うちの取引先やねんけど、石炭粉使てやってもええ言うてるねん」
「大ちゃんにすぐサンプル持って行かしてえや」
「品質は自信あんねんやろ」
「ええってええって、昔万引きしたプロ野球スナックのお返しや」

息子がかじりかけの食パンもそのままに飛び出して行った
多恵は両手で顔を覆ったまま
しゃがみこんで動けなくなってしまった


今岡誠は自宅のソファに座り
右手の傷を見つめながら冷遇された過去を思い出し
あの時の悔しさは本当の悔しさでなかったことに思いを馳せていた
本当の悔しさを知った今こそが自分の野球人生のスタートだと知っているから


ケンちゃんはその朝不機嫌であった
いつものように昨日の戦利品である空き缶をつぶしながら
大粒の雨を降らす空を恨めしそうに見つめていた
雨降りは強制休業になってしまうし
スクラップ屋まで愛車ではなく徒歩で行かなければならないからである

「おーいケンちゃん!!」

向こうからおまわりの真田が飛ぶようにしてやってくる

「ケンちゃん!ケンちゃんの本名は飛田謙吉やったな」

ケンちゃんは黙って頷いた

「ケンちゃん昔、西淀に住んどったんちゃうか」

ケンちゃんは黙って頷いた

「娘の名前は飛田茜ちゃうか」

ケンちゃんは頷けなかった

「捜索願いやケンちゃん!娘さんがケンちゃん探しとるんや!!」

何事が怒ったのかと
よっちゃんや中やんやひろしや安城のオヤジやマッキーやみぃちゃんが集まってきた

「ケンちゃん 娘さんのことばっかりずっと言うてたやんか」
「その娘さんがケンちゃんのこと探してんねん」

ケンちゃんはうつむいたまま
ぴくりとも動かなかった

みんなが日焼けした顔を並べて下からのぞきこむと
ケンちゃんはぼろぼろぼろぼろ大粒の涙を流していた

「ケンちゃん!泣くなやあ!」
「ケンちゃん!!よかったなああ」
「ケンちゃん!服買わんとアカンなあ」
「ケンちゃん!どうせまたすぐ逃げられるわ」
「なあケンちゃん!なんか言えや!」
「ケンちゃん!」
「ケンちゃん!!!」


ケンちゃんが垢と涙でぐしょぐしょになった顔を上げて言った


「今年は金本来たから優勝や」


金本知憲は結局一睡も出来ずにその朝を迎えた
あの日叩きつけたバットを握り締めながら
それでも前を向いていた
これまでも悔しくて眠れなかった夜があった
怖くて震えた夜も数え切れないほどにあった
そしてそんな夜があるからこそ
これからも戦っていけることを知っているから

それぞれの胸にそれぞれの朝が訪れた

守護神と呼ばれた男は子供の寝顔を見ながら
この子の為に屈辱を晴らすことを誓っていた

不死鳥と呼ばれた男は一人きりになってしまった部屋で
一心不乱にバットを振っていた

鉄腕と呼ばれた男はいつの間にか引くことの無くなった
右肩の熱をその手の平ですくいとっていた

引退を胸に秘めた男達は
それでもこの球団を選んだことが幸福であったと感じていた

鳴尾浜で輝いた男達は
来年こそ自らが聖地に立つべく爪を研いでいた

蔦の絡まる聖地では
いつもの男達がいつものように
未来の為に雨よけのシートを広げていた

それぞれの胸にそれぞれの朝が訪れた

奇跡の灯は消えたが
新たに希望の灯が点った

この愛すべき、愛されるべき野球チームと仲間たちの
新しい物語が幕を開けようとしていた


男はいつものように日経新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた
階段を飛ぶように降りてくる息子の足音が聞えた
男は息子に声をかけた

「中日優勝してしもたわ」
「また来年やな」

自分を凌ぐほどの負けず嫌いに育っている息子の目に
みるみるうちに涙があふれだした

歯を食いしばり
直立不動のまま動けなくなってしまった息子に
声をかけようとしたその時

「素振りしてくる」

息子は雨の中を庭へ飛び出して行った

妻に激しく叱責されても
集団登校の時間が過ぎても
息子の素振りは止むことがなかった

やがて妻に引っ張られるように家に入ってきた息子は
びしょ濡れになった服を着替えると
何事もなかったかのような元気な声で

「学校行ってくる」

と飛び出していった

未来に向かって駆け出したランドセルの小さな背中を
男はいつまでも見つめていた
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多恵
多恵は途方にくれていた

町工場が立ち並ぶ東大阪
軽自動車がやっと通れる路地裏に
多恵の店「奥山商店」はあった

奥山商店は二つの顔を持っていた
ひとつは石炭粉を製造する町工場の顔
そしてもうひとつは駄菓子屋兼お好み焼き屋の顔である

工場は夫が結婚から3年目の春に開業した
鋳物を作る時の剥離材として使われる石炭粉は
町工場の隆盛と共に大いに売れた

しかし現在では安価な中国製に押され工場は左前である
夫亡き後、一人息子の大輔が毎日作業服を真っ黒にしながら
なんとか営業を続けているが
ここ7年間黒字になったことはない

多恵は駄菓子屋とお好み焼き屋に生きがいを感じていた
多恵の店から歩いて2分のところには山崎中学校がある
かつては毎日、生徒達が店にあふれていた
多恵も子供達の喜ぶ顔が見たくて
お好み焼きを焼き続けてきた

キャベツとコンニャクだけのお好み焼きが60円
そば入りのモダン焼きでも110円

そばが大盛りのモダン焼きはマンモス焼き
目玉焼きに豚やすじ肉をのせた物はハッスル焼き

子供達が自分のお小遣いで食べられるように
少しでも楽しい思いで注文できるように

店には多恵の子供達に対する愛情があふれていた

店で子供達が喧嘩をした時も
駄菓子屋のお菓子を万引きした時も

多恵は常に暖かい笑顔で子供達を見つめてきた


一ヶ月ほど前のことである


山崎中学校の生徒指導担当と名乗る教諭が多恵の店にやってきた
「学校帰りの子供がお好み焼き屋に寄ったりするのは
教育上好ましくない」と言われた

「ついては学校からもこの店に寄らないように指導するが
店の方でも生徒に食事を出さないようにしてくれ」とのことであった

その日以来、奥山商店から子供達の笑い声が消えた



多恵は途方にくれていた


梅雨の訪れも間近な日曜日の昼下がり
誰も座らない鉄板の前にポツンと座り
多恵は壁のポスターを見上げていた

お好み焼きの油で汚れないようにビニールで覆われたポスターは2枚

1枚は真弓明信

阪神ファンであった亡き夫の影響で
多恵も阪神ファンである
中でも笑顔が素敵だった真弓の大ファンであった

そして真弓が阪神を去って2年後
真弓の7番を初々しい笑顔の若者が引き継いだ

そう もう1枚のポスターは今岡誠である

多恵はこの若者に夢中になった
初めて本人に会った時は50を越えた夫が嫉妬するぐらい興奮した

店の壁には2枚のポスターの他にも
今岡と一緒に撮った写真、サイン色紙、千社札など
今岡誠で埋め尽くされている

4年前夫が癌で死んだ時
工場を閉めるかどうかで悩んでいた時期があった
親類達は皆、工場を売って違う商売をするべきだと言っていたが
多恵は迷っていた

そんな時、野村監督に干されていた今岡が
新しくやってきた星野監督のもと
はつらつとしてダイヤモンドを駆け巡っていた

その姿を見て
苦しくても頑張ろう
あきらめず頑張っていれば
必ず良いことがあると信じることが出来た

そんな思いまでして続けた工場であったが
昨夜の夕飯時
いつものように「早くお嫁さんもらわな」とこぼした多恵の言葉に
おとなしい大輔が怒って言い返してきた
「こんな真っ黒の仕事してる男のところに誰が嫁に来てくれるんや!!」

守るべき物だと信じた工場は
愛する息子から人並みの幸せすら奪い
深い傷を与えていた

正しいことだと信じたお好み焼き屋は
生徒の教育に良くないと言われた

自分が正しいと信じ、守ってきた物は
愛して来たものは何だったのだろう
自分の人生に何の意味があったのだろう

今シーズン不調の極みにいた今岡は
今日もスタメンを外されていた


梅雨の訪れも間近な日曜日の昼下がり
今岡のいない野球中継を見ながら


多恵は途方にくれていた










「おばちゃーん!!」


声に振り返ると
見覚えある顔の大人が3人
店の入り口から顔をのぞかせている

昔、この店に通っていた子供達だった

3人だけではない
後から後からどやどやと店に入り込んで来て
またたく間に店の中は10人ぐらいの大人達で一杯になった
店の外にもわいわい騒ぐ声が聞こえてくる

「こいつの息子が山中の2年生でなあ」
「奥山でお好み食うの禁止になったってインターネットに書いたんよ」
「山中卒業生の掲示板ってのがあってな、そこでもう大騒ぎやで」
「おばちゃん、インターネットって知っとるかあ」
「ほんでおばちゃん落ち込んでるやろから、いっちょ励ましに行こかって」
「そしたらこんだけ集まってしもてん」
「みなで学校に署名持って行こかって言うてんねんで」
「久しぶりにお好み食わしてえや」
「キャベツ足りるんかいな、切るん手伝うたろか」
「なんやおばちゃん泣くなやぁ」
「おおげさやなぁ」
「早よお好み焼いてえやぁ」


間違っていなかった
自分の信じたことは間違っていなかった
どの顔も覚えている
どの顔も覚えてくれている

「けんちゃんはスジのハッスル」
「あきひろはイカ天のお好み紅しょうが抜き」
「たっくんは豚のマンモスやろ」
「中村くん、そばめし作るんやったら早よお弁当のご飯出しや」
「イチケンはチロルチョコ万引きしたらアカンよ!」





「すげー!!!!」





店の中が歓声で湧き上がった

「こんな小さい店に、アホみたいによーけで押し掛けて迷惑やわ」

多恵の涙声にみんなが笑った

何物にも変えがたい温かい空気が店中を包み込んだ時
誰かの声が叫んだ

「おばちゃん、今岡やで!今岡代打やで!!」

町工場が立ち並ぶ東大阪
軽自動車がやっと通れる路地裏にある
お好み焼き屋の小さなブラウン管テレビ

たくさんの暖かい瞳が見つめるその中を
今岡の打球が右翼線を切り裂いた





「すげー!!!!」
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